「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

祖父への手紙

お久しぶりです

曽根 友美(兵庫県尼崎市)17歳

おじいちゃんが亡くなって三年が経ちました。
あの日の前夜におじいちゃんのお見舞いから帰るとき、また来るねと言ったのが最後です。
病院に泊まって行けばよかった。起きてすぐ病院に行けばよかった。そう後悔しています。
私が学校を早退して病院に行ったら、いつも来てくれてありがとうと言うおばちゃんも、いつも笑顔のおっちゃんも、怒ってばかりのお母さんも、その場にいたみんなが涙を流していました。
おじいちゃんだけが微笑んでた。
私はその時十四歳で、今は十七歳だけど、おばあちゃんが泣いているのを見たのはその時が最初で最後です。
大好きなおじいちゃんがいなくなったのも、大好きなおばあちゃんが泣いているのも、私はすごく辛かった。
でもね、正直まだ実感がありません。おばちゃんと花札してたら、「またやってるんかぁ」とニコニコしながらおじいちゃんが言ってくるんじゃないかって……。
夏休みの朝の四時過ぎにチャイムを鳴らして、「釣り行くぞぉ!」と言ってくるんじゃないかって、今でも思います。
十四年という時間は決して短くはないけど、親戚の中で末っ子の私にとってはおじいちゃんと過ごした時間が一番短いんだよね。
でも、セミ捕りに行ったことも、釣りをしたことも、どんぐりを拾いに行ったことも、私の中では消えていません。量は少ないかもしれないけど、でもずっと私の中でキラキラ輝く思い出です。
反抗期だったあの頃の私はおじいちゃん家に行くことも少なくなっていたし、素っ気ない態度で接していたと思います。
それでも可愛がってくれてありがとう。
おじいちゃんが私の誕生日にくれた手作りの椅子はもう座れないけど、今も部屋に置いてあるよ。おばあちゃんがくれたクマのぬいぐるみが座っています。
もっともっと一緒にいたかったです。もっともっと思い出をつくりたかった。
でも、おじいちゃん、私もあと六十年もしたら会いに行きます。
すでに伝えたいことがいっぱいあるけど、おじいちゃんが楽しめるような話ができるように今をめいっぱい楽しむね!
だから、私の話たくさん聞いてください。
もう素っ気なくなんかしないです。おじいちゃんがもし嫌がっても、いーっぱい甘えます!
おじいちゃん、大好きです。


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