オフクロ亡き後、帰省のたびに山百合を掘って持ち帰ったが、花は咲かなかったよ

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今は亡き母へ

山百合

「ワシが掘ってやっから」と、移植ゴテを持ってよじ登る地下足袋と大きな尻。「滑り落ちるぞ」と、気が気でない俺。 畑の脇の崖に山百合を見つけたときのことだった。

生温い夏の風に乗ってそこはかとなく漂う甘い香り、白色の花弁には黄色の筋と赤い斑点……細い茎が支えきれず重みで垂れた花は清楚な女性が首を傾げている風情だった。

新築したばかりの自分の家の庭に、その花を咲かせてみたくなった俺だが、草の陰に鎌首を見つけて青ざめてしまった。

「昨日も青大将が納屋の梁の燕の巣に絡みついて雛を食らってるのを見たばかりだぜ」 気色悪がる俺を一笑に付したオフクロ。「青大将は我が家の守り神だがね。―― ありゃあ、ヤマカガシや。ガサガサやってりゃ、逃げていくがな」 草にしがみつきながら滑り降りてきたオフクロの手には球根が三つ、四つ。

「すっかり汗かいてしまったがな。咲くとええな」

その球根、我が家の梅の木の隣に植えてみたが、芽すら出なかった。オフクロ亡き後、帰省のたびに球根を掘って持ち帰ったが、やはり花は咲かなかったよ。

七回忌、茶箪笥の中から見つけた日記兼家計簿の大学ノート。

『今日モ北風ガ冷タイ。微熱ガアルガ、息子達ニ送ル野菜ヲ収穫ニ行ク。身ノ丈ニ合ッタ幸セデ十分』
『蕗ノトウヲ摘ンダ。蕗味噌ニシテ御先祖様ニ供エ、息子達ヘモ故郷ノ春ノ贈リ物』
『手術跡ガ痒イ。マタ今年、山百合ガタクサン咲イタ。ココノ百合ハ都会デハ咲カナイラシイ。私ト同様、生マレ育ッタ土地ヲ離レテハ生キテイケナイ生キ物モアルンダ』

「生きている間も放っといて、亡くなってからもこんなに遠くではお参りに来れない。いつか無縁墓になってしまうわ。私達の買うお墓に一緒に祀るわけにはいかないかしら?」と、最近墓地を物色し始めた妻がそんなことを言うが……オフクロよ、俺は迷ってる。

山百合の香る生まれ育った故郷、そこで静かに眠る方がオフクロの骨には幸せなような気がするんだが、どうかね?

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。

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