「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

祖母への手紙

千代おばあちゃんへ

井上 直美(岡山県美作市)35歳

千代おばあちゃん、お元気ですか。
四世代同居で、古い家に一緒に暮らしていましたね。おばあちゃんは、控えめでシャンとした、かっこいい明治の女でした。よく座っていた、玄関の小さな椅子を思い出すよ。
具合が悪く、北のじめっとした部屋に、ひとり寝たきりになっていたおばあちゃんに、ご飯を運ぶのが十歳の私の仕事でしたね。私はなにも分からなくて、とても不安だったんだよ。
千代おばあちゃんが亡くなる前の日、出掛ける予定のある刀
と ねこ禰子おばあちゃん(お嫁さん)に、「行かないで」って言ったね。刀禰子おばあちゃんは「そんな大袈裟な、すぐ帰ってくるから」と言ったね。
あれから刀禰子おばあちゃんは、「家にいてあげればよかった。あの人があんな風にいうこと、これまでに一度もなかったのに」と、何度も何度も泣いていたよ。私も、千代おばあちゃんが、刀禰子おばあちゃんの服の裾を摑んだ心細そうな目が、声が、いまでも忘れられないよ。
千代おばあちゃん。
あれから二十年以上が過ぎて、刀禰子おばあちゃんも利男おじいちゃんも亡くなりました。
そして私は、嫁に行き、子どもを生み、嫁ぎ先のひいおじいちゃんとひいおばあちゃんを看取ったの。必死だったよ。
「亡くなる」って、先が読めないでしょう。
「介護」って終わりが見えないでしょう。
人の手が必要なのは子育てとおんなじなのに、向かう先が逆なことが、切なかったよ。
人が人として、生きてきた時間の重みを考えたよ。命の尊厳を思ったよ。
私ね、ちょっとずつ、ちょっとずつ、分かるようになったの。お世話させていただくうちに、分かるようになったの。
いまの私なら、おばあちゃんの手をさすれる。足湯も気持ちがいいよね。お顔も拭かせていただく。食べやすいお料理だって、できるよ。
嫁ぎ先で看取らせていただけたのは、千代おばあちゃんのお陰。
あの日のことが、いつも心にあったの。何も出来なかった私のことが。
後悔しないように、出来ることをやろうと、思えたんだよ。
ありがとう。


祖母への手紙一覧に戻る