「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

父への手紙

もう少し待ってて

近藤 さとみ(大阪府泉佐野市)53歳

今年もまた夏が来たよ。
あの年の夏は、短い辛い夏だったね。
十四年が過ぎ、お父さんが大好きだった孫の「ゆき」はもうママになってるんだよ。
四歳と一歳、お父さんが生きてたら、きっと毎日でも会いに行くだろうね。
お母さんは、もう九十歳になりました。
段々と小さくなって、子供のようにわがままを言ったりします。
あの夏、お父さんが癌になって、余命が半年だと言われて、私は仕事を辞めて、放射線治療に毎日お父さんを車に乗せて、通院したね。
五十回、私も皆勤賞だったし、お父さんも頑張ったね。
私は、最後までお父さんに余命を言えなくてごめんね。
でも、きっとわかってたんですよね。
お父さんが痛いとか、不安だとか私達家族には弱音を吐かない人だったから、皆お父さんが死ぬなんて信じないって言ってたけど、私は知ってたよ。
メモに「もう駄目かもしれない」と書いてること。
連絡してほしい人、死後やってもらいたいこと、皆への感謝、すべてあの青いメモ帳に書いていたこと。
だけど、怖くて見てみぬふりしてしまったの。
段々と弱々しくなる身体と、光を失ったような目。
それは、先が長くないことを物語っているようで。
私ね、二年前に癌になって、二回も手術したの。
そのとき、思ったの。何もわかっていなかったなって、お父さんのこと。
癌になると孤独で不安で、誰かに大丈夫だって抱きしめてほしくなるんだなって、自分がなって初めてわかったよ。
ごめんね。
何もわからずに、「頑張って」なんて言って、頑張ってたのにね。
あんなに強いお父さんが、最後には私がいないと眠れなくて、いつも傍にいてほしがったのは、私が十分看病出来たという証なのかな?
お母さんではなく、私が癌になってしまったのは、お父さんは私にまた傍にきてほしいの?
だけど、まだ呼ばないでね。
子供が一人前になるまで、もう少し待ってて。
私の癌が、暴れて苦しくならないように、守っててね。
夏が来ると、あなたと過ごした時間を思い出します。
最後の夏で、あなたを毎日あんなにじっくり感じたことは、あなたの子供に生まれて四十年、初めてでした。
明るいあなたの裏側の顔を、見てしまったことへの後ろめたさ、切なさは、今私が、私の子供に見せてしまっているのかもしれません。
いつか、あなたと会ったとき、癌という辛い病を共有した経験を話したいです。
お父さん、今幸せですか?
どうぞ、幸せでいてください。

さとみ 


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