「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

子どもたちへの手紙

御主人様如何お過ごしですか

髙橋 美登里(秋田県仙北市)90歳

宝永五年に没した初代様や大事に育てて呉れた祖父母様、両親様方のお側でさぞかし甘えていらっしゃることでしょう。それとも必死で守り継いでいる子や孫の十五代目の姿を心配し、見守って居て下さるでしょうか。
でも御安心下さい。でこぼこだらけの農の道を弛まずに頑張って歩き続けて居ります。
三十年の任務を無事に終了し、もう十五日で還暦だと待ち乍ながらの旅立ちとなり、言葉に表せない残念さでした。
「傘寿までは生きねば産れた価値がない。万里の長城は必ず見学させてやる」を口癖に、準備等もして居りました。
七十五キロの巨体は、蹴られても殴られても負け知らずの頑張り屋さんでしたが、好きな煙草に勝てずに只々残念です。
早や三十三回忌も目前になりました。卒寿となった私も、あまりの早さに感じ入りながらも、つらつらと想い出に耽っております。
お互いに見ず知らぬの初夜に貴方様の第一声は「お前は此の家に何しに来た」。その質問に「此の家の土になります」と咄嗟に答えました。
母の亡きあとの父の言葉が浮かびました。
島田髪も梳かず肩にかけられた打掛けの重み、ツルカメの緋縮緬に跪き、寝ずの四、五時間の我慢の勝負。私は勝ったとホッとしたが、御主人様は眠った振りの負けだったのが解り、恥ずかしく、私は試されたことに気付き、忍耐の二文字を座右の銘と握りしめて通過することも出来ました。
貴方様はやっと念願の所まで漕ぎ着けた途端に終戦となり、やり場のない痛ましい姿が堪りませんでしたね。
公務と農業との両立は難しく出勤までに耕し、日の出を迎えては耕して助けて呉れましたね。
遺品の整理で引出しの隅から小さく畳んだ紙片が見つかりました。
「俺の母アバええ嫁貰ってけでえがた妻に謝す」
 (私の母が良い嫁を貰ってくれてよかった。妻に感謝する)
おどけて書いたのかもわかりませんが、恥ずかしそうに隠し、書き置きした御主人様の情け深さ。生前は一言も聞いたことのない言葉に只々涙に崩れました。
今は、曾孫と囲碁で戦ったり、ガンダムのゲームを習ったりして、運動がてらに、惚け防止に、と白寿を目指して楽しんで居ります。
どうぞ、ごゆっくりとお休み下さいませ。


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