「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

子どもたちへの手紙

わが子に残した「先手必勝」の鉢巻き

小松 武治さん(77歳) 東京都中野区

それにしても見事な遼クンの大泣きでした。
あなたがモルヒネで意識朦朧とした中で書いた「先手必勝」の鉢巻きを締め、遼クンは泣きに泣きました。

あなたは妊娠五ヵ月で、余命一年の乳癌の宣告を受け、出産を諦めるか、治療を最小限にとどめ出産すべきか、あなた方夫婦はもちろん、両家の家族も悩みに悩みました。だが、あなたの「生きた証を残したい」の一言で、出産を優先させることになりました。
入院先の病院は、乳癌の世界的権威の医師が勤務するアメリカの病院と提携し、胎児を保護しながら新薬の投与を続け、出産予定の一ヵ月前に帝王切開により無事男の子が生まれました。日本で最初の癌患者の出産でした。「遼雅」と名付け、「遼クン」と呼ぶことになりました。保育器の遼クンを見守るあなたの笑顔、私は一生忘れないでしょう。
あなたは小康を得て、遼クンとともに退院しました。遼クンをベビーカーに乗せ散歩するあなた方夫婦を見て、その幸せが続くことを何度神さまに祈ったことか。
だが現実は残酷でした。あなたの癌は脳に転移し、再び入院、旬日の命となりました。
そんな中、あなたは、遼クンをあなたの故郷の生子神社の「泣き相撲」に出したいと、鉢巻きを用意させ、薬で意識が混濁する中で、渾身の力をふり絞り「先手必勝」と書き入れました。冒頭に書いた大泣きした遼クンが締めていた鉢巻きです。
しかし、あなたは遼クンの泣き相撲も、一歳の誕生日も待てず、逝ってしまいました。
そして奇しくも、あなたの葬儀の日が生子神社の泣き相撲の日でした。あなたの思いを遼クンに果たさせたいと、親族の方々に事情を話し、家族は神社に急ぎました。締切り間際でした。
遼クンは最後の取り組みでした。裸に回しを締めた介添人に遼クンは抱かれ、行司に名前を呼ばれ土俵の中央に出ました。
その時です。遼クンが火のついたように泣き出したのです。介添人も困惑するような大声で。
まさに「先手必勝」でした。あなたの妹が抱いていた遺影が微笑んだように見えました。
満足でしたでしょう。命を削って遼クンに残した「先手必勝」が実って。
あれから一年余、遼クンは、あなたの遺影に掌を合わせるまでに成長しました。
「先手必勝」は、遼クンのこれからの人生の色々な局面で指針となることでしょう。
私どもも遼クンを大切に育てます。安心してください。
そして遼クンをいつまでも見守って下さい。お願いします。
合掌


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