「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

子どもたちへの手紙

今は亡き貴男に守られて

東出 敦子さん(70歳) 埼玉県ふじみ野市

貴男が逝って十ヵ月になります。突然のことで何も聞けず、何も伝えられぬまま永久の別れとなってしまいましたね。私は今なんとか生きています。

ところで三月のある日、女子大生の御嬢さんから電話をもらいました。「三年前、駐輪場でお世話になった者ですが、おじさんが亡くなったことを聞きましたのでお参りしたいのです」と。
「三年も前なら、もうお気持ちだけで十分です」。私はそう言いましたが、どうしてもと言われお参りしていただきました。
三月十一日の十時の事です。テレビで知っている、今時の女子大生を想像していたのですが、初々しい清楚な感じの人でした。「おじさんが甘いもの好きだったから」とアルバイト先の美味しい和菓子を持って。お菓子を戴きながら、なぜか話しもはずみました。家では無愛想な貴男も駐輪場では、やさしい親切なおじさんだったのですね。同僚の人からも真面目で几帳面だったと聞いています。

その日私は、日帰りのバス旅行に誘われていましたが行きませんでした。行った人達は未曾有の大地震に見舞われたのです。地面が揺れて道路は大渋滞となり、帰ることもできずにやむ無く宿泊所で一泊したとか。それも頼み込んでようやく泊まれたのだそうです。
埼玉ではそんな程度ですみましたが、東北地方は地震と大津波が押し寄せ、人も建物も何もかもさらっていきました。見たこともない光景です。突然貴男が逝って心細い毎日でしたが、あの時ほど一人が怖いと思ったことはありませんでした。私が外出せず帰宅難民にならずにすんだのは、あの御嬢さんが来てくれたお陰、貴男のお陰です。

一人になった時もそうですが、地震後多くの人の死に直面して、生と死について考えました。その時が来るまで、どう生きればいいのかと。
この先があるのかどうか分からないから、生きていけるのかもしれません。
もう少し生きたいので、見守っていてくださいね。

【受賞後のお便りより】
東出敦子鎌倉新書さんより「金、銀、銅のどれかに入選しました」というお電話をいただいた時、「何賞でも、採っていただいただけでうれしいです」と言いました。それでも「金はムリだろうな。銅かな?銀だといいな!」などと思いめぐらしトキメキました。
暑さの続くある日、そうだ自分にご褒美を、と「冷感ジェルパッド」を買いました。そして帰ったら、何と銀賞が届いたのです。
キッチンをリフォームしたばかりで、腰の悪い私はもうヘトヘト。ダメだ、死にそう、なんて思っていたのが、一気に元気になりました。
早速仏壇の夫に「お父ちゃん、ありがとう。お陰で銀をもらいました」と報告。賞状と賞金を供えて、一人カンパイです。
息子にも告げると「それはよかった。納骨式の日、うなぎを食べよう」と……。
古稀を迎える私に、まだまだ続ける力を下さり、ありがとうございます。


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