「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

母への手紙

お母さん ここまで生きてきたよ

やまちゃんさん(76歳) 埼玉県秩父郡

お母さん、あの時十歳だったあなたの子供は今七十六歳。お母さんが亡くなった年をはるかに超えて生きています。でも私は、お母さんがいくつで死んだのか覚えていません。

昭和二十年神戸大空襲であなたが“生き埋め”になってから六十年以上も過ぎています。逃げ込んでいた防空壕が、激しい焼夷弾攻撃で崩れ落ちてきたとき、「早よう逃げるんや!」と言って、掴んでいた私の手を離し、私を外へ強く押し出した時のお母さんの恐い顔を今も覚えています。あの時どんな思いであの手を離したのだろうか。そこに母親のわが子への絶ち難い思いがあったのではないかと思うと、今でも私は胸を締め付けられます。

戦争孤児となった私は、戦後の荒れ果てた町で、周囲の人から野良犬のように追われ、バイキンの塊と呼ばれながら、ただ「生きる」ためにだけ生きてきました。それはまさに、野良犬にふさわしい「拾うか、もらうか、盗って食うか」の生きざまでした。あなたが命を犠牲にして守ったわが子のそんな憐れな姿を見たら、どんなに哀しむでしょうか。
孤児が“たった一人で”生きていくのは、想像を絶する厳しいものでした。孤児になった十歳から二十七歳で教師として自立できるまでの十七年間、「生きていて良かった」と思えるようなことは殆どありませんでした。
何度も「死」を考えながら、それでも「とことん生きてやる」という思いにさせてくれたのは、自分を犠牲にして私を守り、生き埋めになったあなたの無念な思いに対して、“母さん、ここまで生きてきたよ”と、自分が生きた証しを残したかったからです。

私はその「見えない母」に支えられて生きてきました。ありがとう お母さん。あなたの子どもはここまで生きてきました。
あなたはどこにいますか。
まだあの防空壕の中ですか…

【受賞後のお便りより】
実行委員会事務局様
この度は私の作品が銀賞入賞に選ばれ大変光栄に思っております。
また本日は賞状・賞金を送って頂き誠にありがとうございました。
現在、私は地元の小・中学校やPTA等で「平和と命の大切さ」をテーマに講演活動をしています。
講演の最後にこの「亡き人へ・・・」の作品を朗読して平和の続くことを訴えています。
その折の写真を同封します。
ありがとうございました。
失礼します。


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