「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

父への手紙

今頃、ありがとう

千早 くれなゐさん(70歳) 東京都八王子市

お父さん!あなたの二十三回忌とお母さんの十七回忌も無事に終わりました。あなたが会うことは叶わなかった曾孫三人も交えた、総勢十一人の賑やかな法事でしたよ。

あなたは、私に何も告げることなく、逝ってしまいましたね。お母さんもあなたのようにする積もりだったようです。でも、晩年、二人が入院して、両親の血液型が二人共同じA型だと分かったとき、私は衝撃を受けました。私の血液型はAB型なので、二人の間に私が生まれることは決してないからです。
末期胃癌で、死の淵にあったお母さんに、「私の親は誰?」と、過酷にも私は訊ねずにはいられませんでした。
「あの世まで黙って持って行く積もりだった」と話してくれて、初めて知りました。私は三歳まで父親のいない私生児で、私を連れてお母さんがあなたと結婚し、初めて父親を得たのだということを。そして、私の本当の父は、私にB型の因子だけを残して、戦死してしまったということも。あなた達は、その事実を、私に絶対に知られないよう、必死で守り続けたのですね。

我が家では絶対君主であり、私の意見などまったく受け入れず、門限など、厳しい教育方針を貫くあなたに、私はいつも反発を感じていました。でも、あなたが、私の実の父親ではないと知っていたら、もっと素直に、あなたの言葉に従えていたと思ます。
あなたが生存している間に、私はこの事実を知りたかった。そうすれば、もっとあなたに感謝の気持を持って、優しく接していたかもしれないのにと、それだけが残念です。

二十四歳で結婚するまで、一人娘として何不自由なく過した私も、もう古希を迎えました。夫と三人の子供と、三人の孫に恵まれて、平和に暮らしています。あなたのお陰です。

今頃ですが、お父さん、本当にありがとう!

【受賞後のお便りより】
「作品を書くにあたって」
父を見送り、その七回忌も終わって、母が末期胃癌で入院するまで、私はずっと見送った父親を自分の実父と思っていた。
入院した病院のベッドサイトに書かれていた両親の血液型が、二人共同じA型であると分かった時、私は愕然とした。A型同士の両親に、AB型の私が生まれることは決してあり得ないのだから……。
私にB型の因子だけを残して、戦死してしまったという本当の父親と母とは、婚姻関係を結んでいなかったから、母は、戸籍上に、私の父親の座を確保したくて、三歳の私を連れて結婚したらしい。そして、その真実を、両親はずっと娘に隠し通していたのである。
父は厳格で気性も激しく、自分の思い通りにならないと、妻子に手を挙げることもあった。私はそんな父をだんだん疎ましく感じるようになり、いつも距離を持って接していた。だが、その父が、実父ではなく養父だと分かっていたら、私はもっと接し方が違っていただろうと残念でならない。
自分が実の父親ではないという事実をずっと隠し通したまま、私を大学まで卒業させてくれた養父に、遅ればせながら、私は「育ててくれて、ありがとう」と伝えたかった。
父親に向かっては、ただ反発心をつのらせるだけで、健在なうちに一言も口にしたことがなったこの言葉を…。
はからずも、そのことを書いた作品で賞をいただき、私の「ありがとう」の思いが、天国の養父に通じたような気がしている。


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