「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

父への手紙

天国(そちら)の父へ

真田 正章さん(58歳) 兵庫県姫路市

お父さんが亡くなってから四年が経ちました。
僕はもう、来年六〇歳になります。
あのときは、ひとりで旅立たせてごめんなさい。
ほんとうは、八〇代半ばのあなたを独り暮らしさせるというのが、そもそも間違っていました。
先にお母さんが亡くなったとき、あなたは、
「何、ひとりで大丈夫や。この家かて守らなあかんし-」
と言って、いっしょに暮すことを拒みました。
僕たちも歩いて十五分ほどのところに住んでいることもあって、お父さんの気持ちを最優先に考えてそうしたのです。

それからしばらくの間、あなたの悠々自適の日々が続きましたね。
城周辺を散歩したり、好きな本を読んだり……。
食事は自炊をしたり、外食だったり、時には僕の家でにぎやかに食べたりしました。
ところがある日、僕の家で夕食をとり団らんの一時を過ごし帰路についたあなたは、十分ほどして戻ってきました。
「帰る道がわからんのじゃ」
後に、掛かりつけの病院で診断された「認知症」の最初の兆候でした。
やがて、お父さんは要介護認定を受けて、週三回、その病院が併設する老人福祉施設のデイサービスを利用するようになりました。
そこへ行かない日は、僕か家族のだれかがあなたの食事を運び、あなたに食べさせるようになりました。
その日も、いつものようにあなたの夕食を持って訪ねると、あなたは冷たくなっていたのです。

僕は両親、どちらの死に目にも会えなかった親不孝者です。
でも、僕を愛情をもって育ててくれた二人に、せめて何か感謝の気持ちを表したいのです。
僕は考えました。
せっかくあなたたちから健康な体をいただいたんだから、快活な日々を送り、お父さんの享年を越えることが供養になるのではないかと…
お父さん、お母さん、それに僕の三人共通の嗜好は「コーヒー」です。
あと三〇年近く精一杯生きて、そちらへ往ったら、僕がおいしいコーヒーをたててあげるね。

【受賞後のお便りより】
<入賞作品作成時のエピソード>
子供たちも巣立ち、妻と義母と三人で慎ましやかに暮らしているのですが、この齢になって、亡き父や母のことが時として夢や思い出としてよみがえるようになりました。
親不孝を地で行った私のことですから、それは悔恨の情以外の何物でもありません。
特に父には、「母の死後独り暮らしをさせてしまった」という思いが私をとらえました。
そんな時、『公募ガイド』で「あの人へ贈る言葉」の募集を知ったのです。
私は父に対し、「済まない」という気持ちを込めてペンを執りました。

<受賞に対するコメント>  
思いがけず銀賞入選の通知が届いた時、そばにいた妻も義母も喜んでくれました。
特に義母は「手紙」の下書きを見せると、 「あんたは親思いや」 と涙を流してくれました。  
そして、過去の不幸を悔いるよりも、
「父母からもらった健康なからだを大事にして潑刺と天寿を全うしよう」
という気持ちになりました。
本当にありがとうございました。


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