【本当にあった冠婚葬祭こぼれ話】棺桶大爆発!


冠婚葬祭はお祝、弔いをする場であるのはもちろんのこと、家族、親族が集まる場でもあります。久しぶりに集まって、楽しい話に花が咲く場合もあれば、その逆も……。
日常の場ではないからこそ浮かび上がる、さまざまな人間模様。ここでは実際に体験した方からのお便りをご紹介します。

無知が壊した家族の輪(N.Fさん・32歳・茨城県)

昨年のことです。祖父は95歳で亡くなりました。両親とわたし、そして祖父の4人で住んでいました。朝、母が起きてこない祖父の様子を見に行くと、お布団の中で安らかな顔をして息を引き取っていたのです。

祖父は心臓を患っていたのですが、ほかに悪いところがないのだから普通の生活がしたいと言って、入院せずに自宅療養をしていました。

散歩に行ったり、趣味の囲碁の会に出かけたり。祖父は生活を楽しんでいました。

少し風邪気味だな、と言って二日ほど寝ていたのですが、苦しそうにするでもなく、静かに最期を迎えたのです。

葬儀は家族だけで。派手なものにはせず、荼毘に付したあとで関係者にはお知らせするように。祖父は元気な時からそう言っていました。

ところが、喪主である父も、母もわたしも、どういう順序でどこに何をしに行けばいいのかがわかりません。5年前に祖母が亡くなった時は最期が病院でしたので、自分たちは何もしなくても、死亡届や葬儀会社への連絡などが滞りなく行なわれ、気付くとお骨箱が手元にある、という状態だったのです。

自宅で亡くなったときにはどうすればいいのか。わたしたちは連絡を取った親族に手当たり次第聞いたのですが、みんな病院で送ったことはあるけれど、自宅で看取った経験がなく、はっきりした答えは得られませんでした。

ただ、役所に死亡届を出すこと、それから葬儀社を自分たちで探さなければならないことだけはわかっていたので、とりあえず手分けしてその段取りをしました。

あ、主治医の先生にお知らせすれば、手順も何もかも教えてくれたのかもしれない。と思い至ったのは、葬儀社が決まってからのことでした。

病院に電話して、亡くなったことを告げました。主治医の先生は診察中で、お話しすることができませんでしたが、伝えていただけるとのことでした。

葬儀社にまかせて、スムーズに進行

そこから先はとても早く、必要なことはすべて葬儀社がやってくれました。
「宗教はありますか?」
「どなたにお知らせされますか?」
「お花はどのセットにされますか?」
「戒名はどのランクにされますか?」
「来られた方へのお食事は用意いたしますか? どのような内容がいいですか?」
などなど。聞かれたことに答えていれば事は進み、こちらが何か気を揉んで質問する必要もありませんでした。

通夜と葬儀は、祖父の言っていた通り、親族のみで行いました。小さな会場で大往生の祖父を囲み、しんみりするというよりは、思い出話に花が咲く、とてもいい会になりました。
最後のお別れです、と葬儀社の方が言って、棺桶を開けました。やはり静かで満足そうな祖父がいました。
「お父さんの好きだった碁石を入れてあげようと思って持って来たの」
祭壇のお花を切って入れていると、叔母がそう言って、碁石の入れ物と碁盤を紙袋から出しました。
そのとき、葬儀社の人が
「それを全部は、ちょっと……」
と言って、遮りました。
「だめなの?」
「そちらの素材はなんでしょうか」
叔母が入れ物から石をひとつ出し、那智黒ね、と答えました。
「石は燃えずに残りますから、拾骨に時間がかかります。原則として入れられませんので、一つか二つというわけにはいきませんか?」
仕方ないからそうしましょう、ということになりました。
囲碁の月刊誌を一冊入れ、次にわたしが眼鏡を入れようとしたとき、また葬儀社の人に止められました。
「ガラスやプラスチックは溶けて骨にへばりつきます。大切なお骨が変色しますから入れないで下さい」
伯父は野球ボールを持ってきていました。祖父とキャッチボールをした思い出があったためです。
しかしそれも止められました。
「空気が密閉されていますから、爆発するんです」
なんでも一緒に燃やせると思っていたわたしたちは、少々がっかりしました。けれども大切なのはお骨をきれいに残すことだと思い直し、こんもりとはみ出すほどのお花を入れ、蓋をしました。

火葬場まで行き、手を合わせて棺桶を見送りました。ああ、おじいちゃんは煙になって、天国にいくんだな、としみじみと思いました。楽しく人生を終えられて、よかったね、おじいちゃん。
わたしたちは時間が来るまで喫茶室で過ごしました。

なぜこんなことに……。骨が拾えない。

時間が来て、わたしたちはお骨を拾う部屋まで移動しました。
部屋の前には葬儀社の人がいて、申し訳なさそうに肩をすくめて立っていました。いったいどうしたというのでしょう。

葬儀社の人はなにも言わずに重い扉を開き、それからこう言いました。
「仏様のお骨は、こんな状態です」
わたしの隣で、父が声を荒げました。
「どうしてこんなことになるんですか!」
なんと、祖父の骨は粉々で、ところどころ大き目の骨が残っているだけでした。頭がい骨がどれなのかさえ、全然わからないのです。
「仏様は、心臓にペースメーカーをしてらっしゃったでしょう。あれが爆発したのです」
あ! と母が小さく叫びました。

「病院で亡くなられた場合は、医師が体から取り出すことになっています。ご自宅から葬儀場に直接来られる時には外せませんから、しかたなくそのままにしておきますが、破裂するので必ず言っていただきたのです。担当の方がひどく驚きますから」
すべてを終えて小さくなった骨を骨壺に入れ、親族と解散してから、葬儀社の人が教えてくれました。

父は、はじめ葬儀社を訴えると息巻いていました。
葬儀社が確認するべきじゃないか。父の言い分はそうでした。でもわたしたちは、祖父が心臓を患っていた事すら葬儀社に伝えていませんでしたから、それは難しいだろうと言い聞かせました。
すると、今度は矛先が家族に向いたのです。
父は母をひどい言葉でなじり、おれはやることが多くてそんな暇はなかったのだから、おまえが調べておくべきだったのだと、ねちねちと責めました。
その言葉の攻撃は毎晩毎晩、遅くまで続き、ついに母は家を出て行きました。今でも姉の家に身を寄せています。

その後、父の怒りの対象はわたしに移り、仕事から帰って疲れているわたしに文句を言い続ける日々が始まりました。
おまえさえ確認してくれれば避けられたのに、どうして気付かなかったんだ、もう取り返しがつかない、どうしてくれるんだ……。

たしかに取り返しはつかないのです。祖父の骨だけではなく、わたしたちの家族も壊れてしまいました。わたしもいま、出ていく先を考えています。
おじいちゃんには申し訳ないけれど……。

※お便りを元に再構成しています。

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