【終活映画】『長いお別れ』QOLの向こうにある帰る場所

認知症を発症した父の最期までの7年間。その7年間、家族と過ごしながら、互いの気持ちを確かめ合うような濃密な時間が映画になっていました。認知症を発症した夫と妻、二人の娘のそれぞれの物語です。

誰もが老いて、その若き頃の様子を思い比べるごとに、改めて年齢を感じたりします。それが認知という症状を伴うと、なんとなく痛みのような感覚になって見えたりもします。

長いお別れ

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名優、山﨑努さん演じる認知症の父

この映画において父親を演じた俳優の山﨑努さんは、若いころからさまざまな映画で活躍をしており、映画『おくりびと』での納棺師の様子も、鮮明に思い出すことができます。

頑固でこだわりの強い技術者だったり、テレビ必殺シリーズでは念仏の鉄として殺気立った演技も魅力的でありました。映画を観る私でさえもこうした姿が頭のどこかにあり、今回の役柄を見た時は、なんとなくつらい思いを感じたような気になりました。しかし鑑賞後は、こうした加齢や認知もそう悪くはないぞと感じることができる映画でした。

高齢期をテーマにした映画では、全般で強く感じることができるのは妻の愛です。

今まさに団塊の世代を取り上げれば、仕事に集中して家も顧みない夫を支えていた妻の存在が確かに分かるのです。妻が自らの治療のために入院をする時には、「お父さんの面倒は誰がみるの?」と、自分の事よりも先に夫のことを心配します。「私が面倒を見るよ」と言った娘の奮闘も見ものでしたが、それさえも超越した献身的な妻である、母のすごさに気が付きます。

長いお別れ

認知症でも家族にとって不変の存在

この映画のもう一つの魅力は、両親を気遣い、心配をする二人の娘の存在でもあります。

遠く米国の地で家族と暮らす長女と、飲食事業に取り組みながらなかなか恋愛も成就しない二女。二人はことあるごとに父との思い出を振り返り、表情すら乏しくなった父親に相談をします。家族が父親の認知症を共有してから別れの日が来るまでの7年間の愛情豊かな物語です。この家族の中での父親の存在はたとえ認知を患っていたとしても、家族にとって不変の存在であることが、終始安心してみることができた理由だったのだと思います。

長いお別れ私が行っている終活セミナーの中でも、認知症という言葉が何となく病気とイメージしてしまうことについて意見交換をしたことがあります。

もしもこの映画に登場する家族が、息子しかいない家族だったら話はどうなっていたのだろうか?とっくに施設のお世話になったのかな、なんて自分と等身大にして、すり合わせてみるのも終活映画の観方。長生きを人生リスクにしないための思い方が大切です。

その昔は長生きをしてくれた爺ちゃん婆ちゃんたちは、里帰りで久しぶりに会う度に変化しておりましたが、思い起こせば皆あんな感じだった気がします。「爺ちゃんね、もうぼけてるから」なんておばさんに言われながらも、その場は笑顔で話していたものです。「ご長寿早押しクイズ」というテレビ番組のコーナーでも、そんなシーンが家庭の中でも人気番組だったように記憶しています。

それぞれの「帰る」という言葉の意味

病気と受け止めずに家族が接していれば、父親の口から洩れるその時々の言葉は家族のいつかのあの時につながっているのかもしれません。

「もう帰らなきゃ、お邪魔しました」

我が家にいても、そこが自分の居所ではないかの如くという言葉が、むしろ家族のコミュニケーションのキーワードになります。

父に会うために帰省をする長女の「家に帰る」という言葉に、微妙にこだわる長女の夫の存在や、付き合った男性が故郷に「帰る」と言った時に、何も言えずに別れた二女。「漢字マスター」と祖父を慕う長女の息子も徐々に家から遠い存在になるような展開で、だからこそ長女は「父の帰る場所とはどこなのか?」ということにこだわったのかもしれません。たとえ父の故郷でも、そこは父の望む帰る場所ではなかったようです。そういった点においては家族が帰る場所がいつでもあることの幸せを感じずにはいられません。

中盤、デイサービスで過ごし、開かない扉を一生懸命に開けようとしていた父親が、ヘルパーさんに尋ねられます。

「どうしました」
「いや、もう帰ろうかと思ってね」
「もう少しいてくれたら、皆さんと一緒に車で帰れますよ」
「でもね、なんだか雨が降ってきそうだから」

この後に父親が迷子になり、行方の分からなくなった父を家族が探し回るシーンがあります。彼の中で帰る場所とは、家族が想像していたものではなかったのです。

長いお別れこの映画を観た後でQOL(クオリティ・オブ・ライフ)という言葉を思い出しました。QOLとは、生活の質ではなくて、ライフ=人生の質という言葉です。

今回は試写会の機会をいただいての記事になりますので、ネタバレ解説はここまで。エンディングはどうぞ映画館でお楽しみください。

そして、この映画をご覧になった後で、もしもご自身がこの映画の父親と同じようになった時に、どこに帰りたいと思い、そこには誰がいるのだろうかと考えてみてください。

今回ご紹介した映画『長いお別れ』

監督:中野量太 出演:蒼井優 竹内結子 松原智恵子 山﨑努 北村有起哉 中村倫也 杉田雷麟 蒲田優惟人

脚本:中野量太 大野敏哉 原作:中島京子『長いお別れ』(文春文庫刊)主題歌:優河「めぐる」

企画:アスミック・エース Hara Office 配給・制作:アスミック・エース

©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

公式サイト:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/

5月31日(金) 全国ロードショー

この記事を書いた人

尾上正幸

(終活映画・ナビゲーター / 自分史活用推進協議会認定自分史アドバイザー / 株式会社東京葬祭取締役部長)

葬儀社に勤務する傍ら、終活ブーム以前よりエンディングノート活用や、後悔をしないための葬儀の知識などの講演を行う。終活の意義を、「自分自身の力になるためのライフデザイン」と再定義し、そのヒントは自分史にありと、終活関連、自分史関連の講演活動を積極的に展開。講演では終活映画・ナビゲーターとして、終活に関連する映画の紹介も必ず行っている。

著書:『実践エンディングノート』(共同通信社 2010年)、『本当に役立つ終活50問50答』(翔泳社 2015)

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