はじめてのお葬式ガイド
葬儀のことなら「いい葬儀」

終活や、参列のマナー、もしもの時におさえておきたいお葬式の知識など、はじめての方にもやさしく解説します。

高3の孫娘がプロデュース。おじいちゃんのための「笑顔のたえないお葬式」

2019年6月に 「想送庵カノン」(東京都葛飾区) で行われたお葬式。葬儀社が主導で行ういわゆる一般的な家族葬とは異なり、お孫さんが中心になって、大切なお祖父さんとのお別れをかたちにしました。お祖父さん本人が自宅に招いたお客さんに語り掛けるような温かい雰囲気の中、お通夜の前夜、前々夜には故人を囲んでの飲み会(?)も開かれる、そんなお葬式だったそうです。
今回は喪主の濱田さんと、お葬式をプロデュースしたお嬢さんにお話を伺いました。今回ご葬儀を施行した会場は想送庵カノンです。

祖父の若いころの写真を整理する過程で分かったこともたくさんあった

インタビュアー
インタビュアー

お祖父さまはどんな方でしたか?

喪主さま
喪主さま

父は水産会社のサラリーマンでした。
もともと父の親である祖父も同じ水産会社の社員だったので、自分の父親と同じ道に進みたかったのだと思います。祖父は父が小学校3年生のとき、戦争で亡くなりました。当時、船長というのは船と運命を共にしなければならなかったのですね。父自身も幼少期に山形のほうに疎開していたことがあったようです。

病気を患ってからは身体も曲がり、動くのがつらそうでした。ですが、介護施設ではなくサービスつきの高齢者住宅に住み、自分のことはなるべく自分でやろうとしていました。気丈な人だったと思います。

父の面倒は主に私の姉が見ていましたが、食事や就寝時間などにも気を使ってきっちりしてましたね。私はそんな父をこっそり飲みに連れて行ったりしていました。父は飲みに行くのが好きでしたから。

去年の12月ですか?父を連れ出しましたが、その時は話せなくなっていたんですね。よく行く郷土料理のお店で父の介護をしているという話をしたら、「連れてらっしゃいよ」と言われて。好きなものを食べさせていたら上機嫌で、話せなかったはずなのがカラオケまで歌い始めました。嬉しかったんでしょうね。

お嬢さま
お嬢さま

正直、このお葬式があるまでは、祖父の若いころの写真とかも観る機会もありませんでした。写真を整理していて、その過程で分かっていったことが多かったと思います。

祖母は私が生まれる前に亡くなっていましたので、私のお祖父さん像は、本当に、小平にずっと一人で暮らしていたんですけど、元気だったころは地域のコミュティの中で生活しているという印象でした。とても温厚な人というイメージがあります。

父の転勤でいろんなところに行ったので、長い休みの時に東京に帰ってきて、その中で1日2日、祖父の家に泊まるというのが私の楽しみで、祖父も喜んでくれていたんじゃないでしょうか。祖父と過ごす時間は日常というよりも、特別な時間だったという気がしています。

インタビュアー
インタビュアー

ちなみに、どんな時が特別な時間でしたか?

お嬢さま
お嬢さま

日常にはないゆっくりとした時間を一緒に過ごすことができるというか。

私は一人っ子で、両親は共に働いていて、家族はわりと個々で活動しているという状況だったので、祖父のところに泊まって皆で駅伝を見るとか、そういうゆっくりとした日常にはない時間の流れがとても楽しかったです。それをお葬式の時に、再現したいと思いました。

 

祖父の家にはずっと祖母の遺影があって、私も祖母が生きていたころを知らないので、となると「私のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんの像」はこういうところにあるなって。

インタビュアー
インタビュアー

どういう風に創り上げていったのですか?

お嬢さま
お嬢さま

私の記憶の中で、祖父は元気だったころと言っても、スポーツをしているとかそういった印象はありませんでした。でも、登山が好きだったということを父から聞いたり、写真を見てもいろいろなところに旅行に行っていたんだなとか。ゴルフ道具やアウトドアグッズであったり帽子がたくさん置いてあったのが、祖父の若いころの写真を見ることで、どんなことが好きだったのだとか、何かがつながったという気がしました。

亡くなった後につながっていけるというのが、このカノンという施設の魅力かなと思います。下駄とか靴とか、祖父が使っていたものを持ってきました。

インタビュアー
インタビュアー

お祖父さんのお家がそのままここにあるみたいですね。

お嬢さま
お嬢さま

そういうコンセプトでやっていいっておっしゃっていただいたので。

喪主さま
喪主さま

想送庵カノンさんが「自由に部屋を使ってください」とおっしゃってくださったのもあって、「こういう話をいただいてきたよ」と言ったら、何か思いついたようだったので。私もお葬式の準備など忙しかったので、父が家で使っていた物や学生時代に使っていたちゃぶ台などをカノンに全部持ってきて、そこから娘にまかせることにしました。

今回のお葬式では親族と、学生時代の友人と、会社関係の方のごく一部と、身内だけでしたので、来てくださった方が、写真を見て「あの時ああだったよね」とか、父を介していろんなことを思い出していただければいいなというのはありました。

お嬢さま
お嬢さま

祖父が自分の歴史を自伝のように語っているというコンセプトで葬儀をつくっていきました。同時に、来てくださった方が、祖父の写真を見て自分たちの昔を思い出してくれたらいいなとも思っていました。

現実から一瞬を切り取った写真は目に見えるものですが、思い出は目に見えないものです。葬儀も同じように目には見えないものですが、実際に葬儀をあげることでかたちになる。そこに共通点があるということが面白いと思いました。見えないものが見えるものに変わるというプロセスを体験できたことが楽しかったですし、それで祖父が喜んでくれたら嬉しいです。

インタビュアー
インタビュアー

親子で信頼し合ってて。すごい仲良しなんですね。

喪主さま
喪主さま

そんなことないですよ。3年間くらいほとんど口をきいてなかったですし。電車の中でばったり会った時があって、「運動会いつ?」って聞いたら嘘の日を教えられて、行ったら誰もいないとか(笑)

お葬式で久しぶりに話したって感じですかね。

お嬢さま
お嬢さま

父とは接点なかったですからね(笑)

インタビュアー
インタビュアー

素敵なご関係だったのですね(笑)。お葬式や、もしもの時の準備はされていましたか?

喪主さま
喪主さま

年齢が年齢でしたので、ある程度写真の用意などは進めていました。

最後は眠ったまま亡くなりました。穏やかな表情で、苦しまずに逝けたのではないでしょうか。施設で亡くなったので検死になったのですが、父はお菓子が好きで亡くなる少し前に大好きなカントリーマームを食べていたようですね。

病気もあって身体がひどく曲がっていましたので、霊柩車に乗せるときに苦労しました。その後、想送庵カノンの三村さんと内宮さんが父をマッサージしてくれたおかげで、棺に納めることができました。ご安置の間に父の表情がどんどん良くなっていたようで、お二人りがマッサージしてくれたことにきっと父も喜んでいたのだと思います。

葬儀に来てくださった方が、祖父の写真を見て自分たちの昔を思い出してくれたらいいなと思いました

インタビュアー
インタビュアー

ご葬儀にはどんな方がいらっしゃったのですか?

喪主さま
喪主さま

基本的には親族と父の学生時代の友人です。なかでも高校時代の友人がたくさん来てくれました。父の友人から彼がどんな人であったかを聞き、あらためて発見がありました。 この年齢で父の職場の部下の方々がたくさん駆けつけてくれたのはびっくりしました。

インタビュアー
インタビュアー

神式のご葬儀を選ばれたそうですが、仏式を選ばなかった理由はありますか?

喪主さま
喪主さま

父は海の仕事をしていましたので。船って進水式とか神主さんにやっていただいたり、神道とはなじみがあったのです。祖父ももともと神道だったようですし。

祭壇は森をイメージしました。自然に還っていってほしいなという思いをこめています。

葬儀は来て下さった方がたくさんの思い出に触れ、時空を超え故人と再開し、その生き様を知っていただく場

インタビュアー
インタビュアー

ご葬儀の前に、飲み会を開かれたそうですね。

喪主さま
喪主さま

お通夜の前に私のラグビー仲間などに集まっていただき、お別れ飲み会を開きました。父は人と飲む事が好きだったものですから、もう一度生きている間に親子で仲間と一緒に飲めたらよかったなという思いからです。私は学生時代はボート部だったので、自分の同期や後輩と一緒に父とよく飲みました。元気だったらきっと皆と飲みたかったと思うんですよね。

でもお通夜に、飲んだら大騒ぎのラグビー仲間が来たら大変なことになるぞと。

これは別の日にした方がいいと。別の日にしたのですが、結果すごく良かったのです。当初は1日だけの予定でしたが、思いのほか人が集まり、2日間開催することになりました。

お嬢さま
お嬢さま

仮々お通夜、仮お通夜、お通夜、お葬式と結局、4日間やったんです。

祖父が人を呼ぶのが好きだったみたいで、皆を呼んでこういう会を開けたら良かったねというのを、お祖父ちゃんが生きているというイメージでやりました。

私も少しだけラグビーをやっていたことがあるのですが、ラグビーは人と人とのつながりを大切にしているスポーツだと思います。競技のなかでもかなり密接するので危ないスポーツである反面、ケガをさせないよう相手を思いやる精神がラグビーの中にあるのではないかと思います。お別れ飲み会に多くの人が集まってくださり、あらためてラグビーの人と人とのつながりと大切にする精神性を感じました。

インタビュアー
インタビュアー

参列者を分けるというのも、面白いアイデアですね。

喪主さま
喪主さま

ラグビーの方々は賑やか過ぎるので、分けないと大変なことになりますからね。でも、そんなことができたのも、あらゆることに融通がきく想送庵カノンのおかげだと思っています。

普通だったら、例えば「四ツ木斎場のスケジュールがいついつですから、お葬式はいついつです」というように決まったのでしょうが、ここの場合、極端な話、故人の体が痛まない限りばいつまでいても良いですよというのですから。まさにご遺体ホテルですね。だから焦らず、ゆっくりできました。

私の母の葬儀で安置期間の大切さを実感してたんです。たまたま友引などが重なって葬儀まで2日間くらい余裕があったため、私は斎場に泊まって一日中そこで過ごし、好きなときに母と面会していました。母と対話し、いろいろなことを考えられたあの時間がすごく貴重だったことから、安置期間を大切にしている想送庵カノンで葬儀をあげたいと思いました。

インタビュアー
インタビュアー

葬儀社のご担当者はどんな方でしたか?

喪主さま
喪主さま

葬儀社の担当者の方もラグビーをやっている方だということで、親近感がありました。嬉しかったのは、父が好きだった自動車メーカーの霊柩車を一生懸命探して用意してくれたことです。ダメ元でお願いしたことだったので、叶えてくださって本当に感謝しています。

インタビュアー
インタビュアー

すごく自由にお葬式をつくられています。その決断力といいますか、どうしてそのようなお葬式ができたのでしょう?

喪主さま
喪主さま

フィールドをいただいたのと、娘はこういう性格なので、だったら楽しもうと。必ず人間が最後にお別れするのであれば、悲しいものではなく、楽しいものにしようと。いかに楽しく終局を迎えられるか。

「この空間と時間を自由に使ってください」とおっしゃってくださったおかげで、普通の葬儀とはかけ離れた自由で楽しい葬儀をあげることができました。お葬式というと悲しいイメージがありますが、楽しいお葬式があってもいいのではないかと思っていたので、今回実現できて嬉しかったです。

お嬢さま
お嬢さま

お葬式というと、普通は「〇〇家の葬式」といった看板があったり、花輪が並んでいたりしますよね。今回の葬儀ではそういった形式に一切しばられず、かたちのないものを重視しました。なぜなら、葬儀は来て下さった方がたくさんの思い出に触れて、時空を超え故人と再開し、また故人の生き様を知っていただく場と思うからです。

今回の葬儀で「こんなに笑顔のお葬式ってあるんだ」と思いました。自分が最初に関わったお葬式がこのかたちなので、今後の葬儀も今回の経験がベースになっていくのかなと思います。

インタビュアー
インタビュアー

ありがとうございました。

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