死は、さまざまなかたちで訪れます。長い闘病の末の別れもあれば、災害や事故による突然の別離も。故人の顔に残る病気の影響や傷跡に心が乱れ、満足にお別れができなかった遺族の中には、後悔の念を抱えたまま生きていく人もいます。「せめて最後の対面は、在りし日の故人との幸せな思い出を心置きなく辿れる豊かな時間にしてあげたい」という思いを胸に、「死化粧師」として活動するのがキュア・エッセンス代表の宿原寿美子さんです。
亡くなった人の体と顔を整え、遺族の後悔を少しでも軽減するとともに、故人の体の変化による感染の危険から遺族を守る「死化粧師」。そのお仕事と意義について、お話を伺いました。
目次
異業種から葬儀、そして死化粧の世界へ
――異業種から葬儀業界へ、そして「死化粧師」へという、異色のご経歴ですね
実家は三代続く葬儀社ですが、何としても家業を継ぎなさいという親ではなかったので、最初はアパレル業界で働いていました。24時間体制で自由がない葬祭業より、安定した仕事に就いてほしいというのが親の本音だったように思います。30歳を過ぎたころ、やはり葬儀の仕事がしたいと母に話したときも、「絶対に無理よ」と言われました。ようやく風向きが変わったのは、40歳手前でもう一度、「どうしてもやりたい」と伝えたときですね。
「湘南に葬祭の専門学校ができたみたいだから、一度話を聞いてみたら」と、母が提案してくれたんです。家業を継いで業界に入ると、誰かに体系的な教えを受けることはほとんどありません。母も現場の仕事を体で覚えてきた人ですから、どんなことを教えているのか、純粋に興味があったのかもしれませんね。私はその話を聞いてすぐに入学し、1年目の夏休みには大手互助会への就職がほぼ決まりました。
――互助会から「死化粧師」への転身のきっかけはなんだったのでしょう?
「本気でこの仕事に就きたいなら、自分の実力だけで勝負するように」という親の言葉を守り、互助会では実家の葬儀社のことについては一切言わずに基本から教えていただきました。
その会社にはエンバーミングのサービスもありましたが、当時エンバーマーはすべて外国人でした。施術もメイクもそのエンバーマーが行っていたのです。ところがある時、エンバーミングの後、ご家族に「気になるところはありますか?」と尋ねると、「母はこういう色の口紅はつけていませんでした」と申し訳なさそうにおっしゃるのです。お金をいただいてエンバーミングを受けていただいているのに、どうしてご遺族に気を遣わせるのか?でも、それをエンバーマーに伝えても直してもらえませんでした。
だったら自分で、そこだけでもお直ししようと思いました。ところが、会社では「やらなくていい」と言われてしまいます。口紅一つ直すのに5分もかかりません。でも、それをやってしまうと後から会社に言われてしまう。何とかできないかな?という思いがずっとありました。 最終的にその葬儀社を辞めようと考えていたところ、卒業した専門学校からお声がけいただいて、講師として教えることになったんです。
葬儀での司会や接遇といった現場で学んだことを生徒に伝えていたころ、法医学教授のお嬢さんで、アメリカで特殊メイクなどを勉強していた方が死化粧に関する学校を開校するという案内が実家に届きました。今思えば、この案内を母が私に手渡してくれたのが転機になったと思います。このときも、案内を見たその日のうちに申し込みを済ませ、本格的に死化粧の世界へ足を踏み入れました。
――その後、専門学校での講義内容も、遺体処置の方法や死化粧へと広がっていったわけですね
専門学校で教えた経験は、現在の講習会(ワークショップ)の形をつくる上で大きなヒントになりました。いま、葬儀社の方や介護士さん、美容学校の福祉美容科に在籍する学生さんなど多様な方に向けて講義をする際には、「最低限覚えておけばきちんと処置やメイクができる」という基本を教えることを重視して、考えつく限りの状況を想定して対応を考えてもらい、解決策を伝えるようにしています。とはいえ、実際の現場では予想をはるかに上回る凄惨な現場にあたってしまうことも少なくありません。
そのとき、「自分の技術ではどうしようもない」と諦めさせてしまっては、私が教えたその生徒さんにも、生徒さんが担当した故人とご遺族にも後悔が残るでしょう。どんな状況でもご遺族が納得できるお見送りができるよう、講座を終えた後もサポートし続けるようにしています。困ったらいつでも連絡してくださいとお伝えしているので、アメリカで勉強しているときもお電話をいただきました。

安心安全なお見送りの場をつくる「死化粧師」の仕事
――死化粧師というお仕事について教えてください
死化粧師というのは、ご遺族と亡くなられた方が、周りの目を気にすることなくふれあい、向き合って、心置きなくお別れをするための時間を作る仕事です。
「死化粧」といっても、メイクをして、ご遺体をきれいにすることだけを目的にしているわけではありません。納棺師と同じように処置をして、着せ替えて、納棺する。それは全部やります。ただ私は、ご家族が故人のお顔をきちんと見てお別れができることが、その先のグリーフワークにつながると思っています。だから「納棺」だけでなく、「死化粧」ということを強く言っています。
処置を始める前には必ず合掌して、ご遺族と亡くなられた方の双方に「これからはじめさせていただきますね」とご挨拶します。
でも、実は「合掌はしない方がいいかな?」と思うこともあります。
というのも、親を亡くされたという方とお話する機会があって、納棺師が最初に合掌するのを見て「すごく嫌だった」とおっしゃっていたからです。合掌されたことで、親が「もう死んだんだ」って感じたそうなのです。そのようはお話を伺うと、合掌はせずに普通に「これからお母様を整えさせていただきますね」とした方がいいのかもしれませんね。
いずれにしても、まず故人に「これから始めさせていただきます」とご挨拶し、次いでご家族に向き直って、「それでは皆さま、整えさせていただきます」というように伝えます。その後、お体を全体的に拝見しながらご遺族とコミュニケーションをとって情報を集め、処置とメイクを行っていくというのが基本的な流れですね。
昔は故人を清め、身なりを整えるのはご遺族の役割で、葬儀社はそれをお手伝いする程度でした。近年、病院では看護師の方々がエンゼルケアをしたり、葬儀社や納棺師が亡くなった方の処置やメイクを施したりするようになっています。その中で私が「死化粧師」と名乗っているのは、ご遺族のグリーフワークにつながることを願って、故人とご遺族が安心安全にご対面できる丁寧なケアという役割を意識しているからです。
――安心、安全な対面とは?
亡くなられた方の体に点滴やカテーテルなどの跡が残っていると、時間の経過とともにそこから血液や体液が流れ出すことがあります。それを目にした遺族は、「おじいちゃんがかわいそう」「おばあちゃんの体から血が出ている、どうにかしてあげたい」という一心で拭ってあげたくなるでしょう。
しかし、故人の死因が何らかの感染症であった場合、その血液や体液を拭うことでご遺族が感染しないとも限りません。正しい知識をもって、できるだけ早く衛生処置を行うことで感染リスクをおさえ、最後の時間を安心して過ごしていただくことが重要だと思っています。私は、死亡診断書に記載されている直接の原因だけでなく、昔かかられていた病気や持病なども把握することによって、できるだけ早く適切な処置をするよう努めています。
納棺師さんの場合、亡くなられてから処置をするまでにどうしてもタイムロスが生じますが、亡くなられてすぐ駆けつける葬儀社さんなら知識さえあればスピーディに処置できると思いますので、講義などでもその点を意識していただきたいと呼びかけています。
衛生面に限らず、ご遺体に関することはすべて納棺師さんに一任するというスタンスだと、納棺師さんが来るまでの間はご遺体への配慮が行き届かないケースが散見されます。もし、亡くなった方のお口が空いたままになっていたら、ご遺族はどう感じるでしょう。納棺師さんや死化粧師のように口閉じの正しい処置ができなくても、少し枕を高くして顎の下にタオルを入れてあげるだけでもご遺体の状態はかなり改善されますから、「亡くなったのが自分の家族だったらどうしてほしいか」ということを常に考えて「ちょっとした気遣い」ができるよう心がけていただきたいですね。

ちょっとした言葉からご遺族の本当の気持ちが見えてくる
―― 「ちょっとした気遣い」で、ご遺族の気持ちはだいぶ違いますね
ご遺体の処置をしている間も同じです。私たちが「腐敗や感染を防ぐにはこうするべき」だという常識に沿って動いていたとしても、見守っているご遺族は何をしているのか、なぜそんなことをするのかがわかりませんから、不安になってしまいますよね。
黙って処置をするのと、「いま、おばあちゃんはこういう状態だから、これを使いますね」と説明しながら処置をするのとでは、ご遺族が受ける印象は大きく違うでしょう。
お顔を拭くときも、フェイスケア用のデオドラントシートなどを使うと、「おじいちゃん、いい匂いのするシートで拭いてもらっているね」といった会話が交わされて、ちょっと場が和むんですよ。お口のケアで使用していた医療用ピンセットをやめ、介護の現場で使われている口腔ケアのツールを導入したのも、ご遺族の心情に配慮してのことです。生前見慣れているツールを使って、「もう一度お口をきれいにしましょうね」と故人に話しかけながら処置をすれば、ご遺族の心もあまり痛まずに済むのではないでしょうか。
――宿原さんの死化粧師としての心構えを伺っていると、マニュアルのない柔軟な対応に驚きます
例え亡くなられた原因が同じでも、亡くなられるまでの経緯やご遺族のお気持ちは同じではありません。最初は世間話をしながらご遺族の話に耳を傾け、その心情に添ったお見送りができるよう心がけています。ご遺族の様子にもよりますが、あまり形式ばった、堅苦しい時間にはしないようにしていますね。
これは性格によるところも大きいのかもしれませんが、処置の間もできるだけお話をしながら、ご遺族と一緒に進めていくような雰囲気を大切にしています。あるとき、亡くなられたお母様の足に脚絆をつけようと、ご長男と一緒に足元を少しめくったら、闘病でやせ細った足が見えたんです。はっとして横を見たら、ご長男がじっとその足を見つめていらして……。私は思わず、「お母様、とても足が長いんですね」と、自分でも思いがけないような感想を申し上げました。すると、ずっと黙っていたご長男が「母のすらっとした立ち姿を見るのが好きだった」という思い出話をしてくださって、ついでのように「実は、母はこういう色の口紅はあまりつけていなかったんです。変えられたら嬉しいのですが」という相談までしてくださったんです。
マニュアルに縛られない、そのときそのときの言葉のやりとりからご遺族の本当の気持ちが見えてくることは少なくありません。後悔のないお見送りをサポートし続けることができるよう、一人ひとり、丁寧に寄り添っていきたいですね。

――死化粧師として、現在の課題と今後の展望をお聞かせください
いま、一般の消費者は、「自分たちが納得できるかたちでやれないのならこのラインでいい」という線引きをして、お金の使いどころを判断していると思います。これは葬儀にもあって当然の視点ではないでしょうか。パッケージ化されているものの中にも、人によっていらないもの、押し付けに感じるものがあるはずです。なにが良い葬儀かということは、本来、葬儀社ではなく依頼者が考えることではないでしょうか。
葬儀社はもっと消費者に情報を提供し、後々「これでよかったのだろうか」と後悔したり悩んだりする方を減らす努力をしなければならないと思います。あわせて、多死社会に突入するこれからは、亡くなった場所に関わらず「ご遺族が納得できる送り方」ができるよう努力する必要があります。一人の人の死からお見送りまでを専門分野ごとに分割して担当するのではなく、病院でも施設でも一貫してケアからお見送りまで行うことができるよう、各職種の連携を深めていきたいですね。
――最後に、故人に対して、家族でできることはありますか?
これは必ずしも誰にも当てはまることではありませんが。亡くなる前に、例えば手をさするだけでも、手当てになると思います。人が人の肌に触れるというのは、それだけでも十分な癒やしになるというか……。一昨年、私は親友を亡くしました。亡くなるまでの3週間をほぼ毎日、病院に通って、ずっと話を聞いていました。
彼女が死に対する恐怖を感じながら、だんだん自分の中で受け入れ始めている様子とか、家族に対する思いとか。自分の親が来るとキツい口調で病室から追い帰してしまって。でも私が病院によると、「本当はつらいんだ」と。自分が親より先に逝くその姿を見せていることがつらくて、悲しい顔になってしまう親を見るのもつらい。だからつい「もう来なくていい」って言って帰しちゃう。でも、そのことを親には言えないんです。点滴も多くむくみも出ていて「足が痛い」と言っていたので、ちょっと足をさすったり。そんな中で「ちょっと顔の保湿する?」とか「少し肩マッサージしようか?」とか。そういうふうに関わっていました。
逝く本人の気持ちは絶対、誰にも分からないと思います。でも、そこからできることもありますよね。ただ、無理はしない。無理をしてしまうと、相手にも分かってしまいますから。
――ありがとうございました
宿原寿美子(じゅくはら すみこ)
株式会社キュア・エッセンス 代表取締役(Restorative Artist/復元師)
大手アパレルなどの流通業界で、商品構成や管理・店舗指導に従事。日本ヒューマンセレモニー専門学校へ社会人入学を経て、2004年大手互助会に入社(~2006年)。現在は、母校の日本ヒューマンセレモニー専門学校講師として、学生や企業にて処置やメイクを指導するほか、葬祭の現場にて自らも処置やメイク等を実践中。企業研修・指導・講習会等を行なっている。医療・介護現場へエンゼルケアの在り方を提唱。またグリーフケアの観点から医療・介護・福祉・宗教者・葬送関連との連携を推し進めている。