人は話すことで癒されると同時に、その思いを受け止める側があるということ。「尊厳死」という人生の覚悟を知る映画『山中静夫氏の尊厳死』を観てきました。
自分自身の希望通りに亡くなりたいと願う患者、山中静夫は故郷にある病院を希望してその故郷の山々を見ながら逝くことが、自分の人生の終焉にふさわしい場所であると信じました。
貧乏な農家に生まれ、次男坊の人生を婿として生きて妻と過ごした街、静岡が最後の場所ではないと、自ら選んだ故郷の病院。すでに他界していた両親や兄との疎遠にあったことが、死を間近にして悔いの様に残っていたようです。
そんな山中静夫が飛び込むようにして訪れた病院の医師、今井もまた、多くの患者の最期に立ち会うことがストレスとなり、ぎりぎりの精神状態の中で、新たな患者山中静夫と出会い、その思いを受け止めることになります。今井はまたがん患者としては何かをやり残したかのようにしている山中にも興味を抱いたようでもあり、限りある命を受け入れた患者としては何か他と違うものを感じたようでもあります。
別れが前提の出会いに思うこと
出会いに感謝、出会いは人を成長させてくれるものだと私は考えているのですが、ターミナルケアの担当をされる医師が出会う人はみな、別れが前提であることを考えると、支え合うとか、よりそうという言葉とも違う、心の距離のようなものがあるのかもしれません。
映画は、二人の主人公による二つのドラマが重なり合います。
こうした死生観をテーマにした映画の背景には、やはり大自然が似合います。大きな生命の営みを感じながら、ドラマはとても受け入れやすくなるような気がします。特にこの映画では山中静夫の生家が限界集落ということもあり、「限りある」という言葉も意識しなくてはなりませんが、それでも絶やしたくないという生命をも支える思いということも感じられる素敵な映画になっていました。

見どころはやはり二人の主役になります。
今井医師を演じた津田寛治さんの役作りには驚くばかりでした。まさに自らが患いながら患者に向かっているという迫力の演技。決して押し出しが強いわけでもないのに、その存在感は圧倒的でした。
そして山中静夫を演じた中村梅雀さんの演技。山中静夫が人生を振り返り、その都度逡巡した表情や、自分自身を貫くという意味での時折見せる笑顔、そして最後に衰弱してゆく様子では、臨終を看取った後の妻を始め、周囲には十分なインパクトがありました。

尊厳死の意味がしっかりと腑に落ちる
この映画のもう一つの見どころは、「尊厳死」です。
タイトルにもある尊厳死がしっくりとくるのです。「先生、苦しみだけはとってほしいな」と言う山中の、その言葉がそれぞれの立場で変わってくるのです。妻からすると夫の尊厳を守るためにモルヒネを多用してほしいと言います。モルヒネを多用することで死を早めることにはなりますが、今井医師が山中静夫から懇願された尊厳死とは、最後まで自分自身で頑張るために、痛みをとり、安らかであることでした。
この映画の原作者、南木佳士さんが医師でもあるということを知り、私の終活セミナーの中でも用いる尊厳死の意味が、しっかりと腑に落ちます。そして現場では何とも壮絶なやり取りがあることだと感じた次第です。
逝くための覚悟と気遣い、送る側の気持ちの整理
ひたすらに淡々と流れてきたドラマにも見入ったあとで、エンディングに山中静夫の妻の行動や手紙には思わず目頭が熱くなりました。夫に反乱とも言われた行動の果て、我儘に自らの墓を造ったことなどをすべて受け入れて、彼女が残した言葉はぜひ劇場で感じてください。
そして、小椋佳さんのエンディングに流れる曲です。
男の私としては、なんだか人生のご褒美のようにも感じることができた素晴らしい曲で、この映画が締めくくられたのでした。
「私は肺癌なのです」
と言う山中静夫の言葉から始まるこの映画ですが、病気に限らず一度でも終活や終い支度を意識された方は、ぜひ映画館にお出かけになることをお勧めします。逝くための覚悟や気遣い、送る側の気持ちの整理などそれぞれに感じ入るものがあるはずです。

今回ご紹介した映画『山中静夫氏の尊厳死』
監督・脚本:村橋明郎
出演:中村梅雀、津田寛治
小澤雄太、天野浩成、中西良太、増子倭文江、大島蓉子、江澤良太、石丸謙二郎、大方斐紗子、田中美里、浅田美代子、高畑淳子
原作:南木佳士「山中静夫氏の尊厳死」(文春文庫刊) 主題歌:小椋佳「老いの願い」
(C)2019 映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会
この記事を書いた人
尾上正幸
(終活映画・ナビゲーター / 自分史活用推進協議会認定自分史アドバイザー / 株式会社東京葬祭取締役部長)
葬儀社に勤務する傍ら、終活ブーム以前よりエンディングノート活用や、後悔をしないための葬儀の知識などの講演を行う。終活の意義を、「自分自身の力になるためのライフデザイン」と再定義し、そのヒントは自分史にありと、終活関連、自分史関連の講演活動を積極的に展開。講演では終活映画・ナビゲーターとして、終活に関連する映画の紹介も必ず行っている。
著書:『実践エンディングノート』(共同通信社 2010年)、『本当に役立つ終活50問50答』(翔泳社 2015)