母のおまじない

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今は亡き母へ

母さん、そちらの景色はどうですか。私は母さんのおまじない忘れたことはないよ。

あの時は、七年前だった。

「いいお母さん顔やなあ」

雨降りの夕暮れ時、帰宅途中のバスの中で、ある女性の横顔を見てそう感じたのである。

前の女性とにこやかな笑顔で話をしている。声は聞こえないけれど落ちついた穏やかな表情だ。やさしそうで品が良い。

よくマスコミなんかでお嫁さんにしたい女性とかは、よく出てくるけど、お母さんにしたい女性アンケートなんてのはあんまり見かけない。

私は、和歌山から三重に単身赴任中。実家の母は、遠くてあんまり訪ねていない。

その母が危篤との知らせが、携帯電話のメールで飛び込んできた。

今、バスで見かけた女性の顔が、母の顔になってきた。

もうすぐ駆けつけるからね。待っててね。待てるよね。

あわてて帰省の途に就いたが、間に合わなかった。

振り返ってみると、母は、困った時には、いつもおまじないをしてくれた。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

このおまじないを聞くとなぜかすっかり落ち着いて、うまく事が運んできたように思う。

小学校三年のとき、鎖骨を折ってしまった。初めての手術。心臓は、ばくばく。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。簡単な手術だからね。すぐ終わるからね」

なぜかすっかり安心してしまったことを思い出す。

大学受験のときだってそうだ。第一志望の受験に失敗したとき、わんわん泣きながら電話してしまった。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。次は、合格って神様からお告げがあったからね」

社会人になったころ、友人の連帯保証人になって多額の債務を負ってしまった。

「騙すより騙された方がよっぽどいいわよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。出世払いでいいからね」

全額負担してくれた。

今も困った時に母の言葉が聞こえてくる。

「母さんはね、体は弱いけど心は強いんだよ。体が強くても心が弱いとだめなんだよ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」

母さん、今まで千の風になって、見守ってくれてありがとう。

もう私は、だいじょうぶ、だいじょうぶ。

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。

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