お母さんは、お花に水をあげているときいつも優しかったね。農家の娘で春生まれのお母さんは、お花が、とりわけ菜の花が大好きだった

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今は亡き母へ

菜の花の約束

あんなに口うるさかったお母さんが旅立ってしまったことが、七回忌を迎える今も信じられないよ。

闘病中もお母さんは、「ちょっと! 真実ちゃん、また髪の毛が落ちてる」「なにこの石鹸。プンプン臭いから捨てるよ!」なんて怒るんだから、参ったよ。最後の夜もお父さんと喧嘩していたらしいね。私が帰ってきたら家族会議だと言っていたとか。でも私は残業で遅くなってしまって、翌朝起きたらお母さんは布団の中で息を引き取っていた。

家族会議しそこねちゃったね。議題はなんだったのかな。お父さんったら酔っぱらってて喧嘩の内容を覚えてないんだもん。私が帰っていればと、今も悔やまれるんだ。

お母さんは、お花に水をあげているときはいつも優しかったね。農家の娘で春生まれのお母さんは、お花が、とりわけ菜の花が大好きだった。だけど私は虫嫌い。モンシロチョウの寄ってくる菜の花も苦手。お母さんと私、親子なのにちょこちょこ好みが違っていたね。お母さんが「私が死んでもお墓に入れないで。自然に帰りたいから海に散骨して」と言ってたことはちゃんと覚えてる。

でも、ごめんなさい。お墓を建ててしまった。私はお母さんを留めておきたかった。お母さんはどんな気持ちでお墓に眠っているのかな。ため息ついているかしら。

お母さん、お母さんは本当に厳しかった。自分に対してもね。余命宣告をされていたって、後でお医者さんから聞いたよ。私にもお父さんにも、誰にも教えなかった。誰よりもしっかりしていたお母さん。情けない娘でごめんなさい。

「ごめんなさいなんて、口先だけで言われても仕方ないの!」

……ああ、何度も言われた。

でもね、お母さん、私少し進歩したの。三十歳にしてやっと通信制大学の卒業論文まで漕ぎつけたんだ。源氏物語なんだけど、お母さんが好きな紫の上ではなくて明石の君について書くんだ。また、好みが違った。だけど読んでくれるかな?なんだかんだ言って実は優しいから、きっと読んでくれるよね。必ず書き上げてお墓にもっていくよ。卒業証書も一緒にね。

それからもちろん、菜の花も。お父さんとふたりで山盛りの菜の花、抱えていくからね。菜の花の海を作ってあげる。だから、お墓の件は許してほしいな。一生のお願いです。

「一生のお願いを何度使ったら気が済むの!」

……そんなに怒らないでよ。でも怒ってるお母さんも懐かしいから、まあ、いっか。また私をたくさん叱ってね。

真実子より。

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。

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