三十年目の振袖

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今は亡き祖母へ

天国のおばあちゃん。

おばあちゃんは縫い物が得意で、毎日、自分の部屋にちょこんと座って、人から頼まれた着物を縫っていましたね。

私が大学の時、課題だった浴衣の制作、教えてもらおうと持っていったら、「どれどれ?」と言って、一番長い背縫いをさっと抜いてしまって、にっこりと「やり直し」って言ったのは忘れられませんよ。「えー!? 間に合わないよー」って泣きそうになったもの。

元気だったおばあちゃん。突然脳梗塞で倒れてしまい、話すことも食べることもできなくなって、寝たきりになってしまって、つらかったでしょう。

あの時は何を思って寝ていたのでしょうか。

あんなにつらい状況のはずなのに、いつも穏やかなお顔でしたよね。

ある日、ママが赤い絹の布を渡すと、意識がほとんど無い中で、何かを縫っているような手つきをしていました。

倒れる前の年に縫ってくれた自慢の美しい振袖、覚えていますか? 成人式、友達の結婚式、夫になる人の家への挨拶……、大事な時に袖を通しました。

おばあちゃんが倒れてからやってきたお正月、華やかすぎるかなぁと躊躇しながら振袖を着て病院にお見舞いに行ったら、おばあちゃん、かすかに笑ってくれましたよね。

あの振袖、私のあと、妹が着て、従妹たちが着て……。みんなおばあちゃんに見てもらいたかったなーって思っていたことでしょう。

私が袖を通してから三十年の月日が流れ、今年、私の一人娘があの振袖を着たんですよ。

普段は化粧っ気の無いボーイッシュな娘だけど、初めて綺麗にお化粧してもらって、自分で選んだ優しいピンクの花が揺れる髪飾りつけて、振袖を着せてもらったら、それはそれは美しく、キラキラと輝いて、みんなに自慢したくなったくらいです。

私は若い頃に大病したから、子供を産むことなんてできないかもしれないって言われていたこともありました。

それが本当に優しくて頑張り屋さんで楽しくて、私にはもったいないくらいのいい娘に恵まれて、なんて幸せなことでしょう。その娘がおばあちゃんの縫った振袖着たんですよ。

「これ、ひいおばあちゃんが縫ったんだよね」と、可愛らしい笑顔で言っていました。おばあちゃんのひ孫の晴れ姿、天国から見えましたか?

おばあちゃん、大好きな振袖を縫って下さって本当にありがとうございました。

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。

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