【アジアの聖地から】タイ全土が涙した映画の舞台。 ワット・マハープット(タイ)


この国の映画興行記録を更新した切ない恋愛ストーリー。その主人公となった霊が眠るお寺。
厳格で知られるタイのお坊さんが、意外な一面と共に教えてくれた悲恋物語。

意外と気さくなタイのお坊さん

タイの首都バンコク。下町の雰囲気が残るプラカノン地区。ここに映画の主人公となった幽霊が祀られているワット・マハープットというお寺があります。この映画は1999年に国の興行記録を更新するという空前のヒットとなりました。これを機に参拝者も急増し、今では10人以上のお坊さんが勤めるお寺となりました。

タイのお坊さんと言えば、非常に地位が高く、話しかけたらいけない、写真を撮ったらいけない等と注意されることもあります。では実際はどうなのでしょうか。不安半分に声をかけてみました。私はこのお寺を訪問したのは二回目なのですが、前回とても気になったのがこの“洋服を着たガイコツ”。

ご近所さんが着飾ってくれたガイコツ

「これはやはり映画の幽霊と関係あるのでしょうか?」と尋ねると「映画とは関係ありません。人間は死ぬときは何も持っていけない、骨だけってことを表してます。でも近所の人が帽子や洋服を持ってきてくれて、日差しが強いからサングラスをかけてくれました。せっかくだからそのままにしてます」更に「ドラえもんを置いていたこともあります。かわいいからね」と予想外のご回答。

他のお坊さんも寄ってきて、お寺の一日のスケジュールや歴史、ご近所様が食料を寄付してくれることへの感謝などたくさんのお話をニコニコと話してくれました。若いお坊さんは「私は日本の方に説明できる自信はないですよ~」と照れ笑いする姿もあり、意外にもとても気さくで親しみやすさを感じました。

お話をしてくれた気さくで優しいお坊さん

しかし写真に関しては厳格なルールがあります。「私たちもスマホをいじっていたり、色々な姿があります。そうゆうところは撮ってはいけません。写真はいちばん位の高い僧侶から許可を得て下さい」と。その高僧を待つこと1時間。高僧が名刺の裏に一筆書いてくれたものが全ての場所の撮影許可証となりました。但し「撮っていいのはこの僧侶だけ」と正装しているお坊さんが指定されました。

愛の伝説となったナークさんの一途な想い

さて、こちらのお坊さんのお話しによると、映画の主人公になった幽霊の名は “メー・ナーク”。訳すと“ナークお母さん”となるのですが、若くて美しい、長い黒髪の女性を思い浮かべて下さい。美しい娘ナークさんは親の反対を押し切り、駆け落ちまでして結婚しました。ほどなく子供を授かったのですが、夫は徴兵に呼ばれてしまいます。そして夫が戦場に行っている間に、難産によってナークさんも子供も亡くなってしまうのです。死んでも夫に会いたいナークさんは幽霊となって家で帰りを待ちました。無事に戦場から戻った夫は幽霊とも知らずに幸せな生活を送ります。しかし母子の葬儀をあげた村人たちは「あれは幽霊だ。呪われるから逃げなさい」と忠告します。それを知ったナークさんは悪霊となり次々と村人を呪い、やっと気付いた夫もお寺に避難、ナークさんは僧侶の法力によってこの寺に封じられたというお話しです。

ナークさんの肖像画。とても美しい人です。

お寺の奥のお堂にナークさんは祀られています。悪霊となってしまったことはさておき、今やナークさんはタイでは愛の伝説となり、知らない人はいないと言わるほど有名な女性なのです。そして、ここには女性の参拝者が途切れることなく訪れ「自分の恋人や夫が徴兵に呼ばれないように」「恋愛が成就するように」と祈っているとのことでした。

途切れることなく女性がお参りに訪れます。

駆け落ちまでして結婚、そして死んでも夫に会いたいというナークさんの一途な心は真っ直ぐでとても美しいですね。きっと恋に悩む女性の強い見方となってくれているのでしょう。

煌びやかで見ごたえ十分のお寺です。

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齋籐 浩司

齋籐 浩司

齋藤浩司(株式会社B-WAYグループ 代表取締役) 互助会から葬儀社を経て2001年同社創業。2002年に葬送支援NPO法人を創設。2010年には宗教法人を新規認証。CSR活動として、2007年お寺で余ったお供え物を困窮世帯へ届けるフードバンクを設立。2013年からは東南アジアの貧しい子ども達への生活・教育支援を開始し、現在はカンボジアのスラムで孤児院と幼稚園を運営。活動時に各国の聖地を訪れ、宗教家や現地の人々から文化を学んでいる。東京都新宿区出身。