ライフエンディング業界のトップインタビュー 日本人の大半がお寺とかかわりがないということは、そこに市場があるということ

曹洞宗 種月山 耕雲院
副住職 河口智賢

寺院消滅ということが言われるように、お寺や檀家制度の危機が叫ばれる中、仏教の教えと現実の社会の間で多くの僧侶たちが、迷い、葛藤している。この秋、全国公開される映画『典座-TENZO-』は、そんな今の時代を生きるお坊さんの、ありのままの姿を描いている。これまで数々の書籍や映像などで表現されてきた、きれいな仏教やお寺の姿はそこにはない。自らの等身大の姿を通して、今の仏教を伝えようという若手僧侶たちのチャレンジだ。 今回、全国曹洞宗青年会で映画事業の実行委員長を務める河口智賢師に映画に込めた思いや、食を通じて地域とつながっていくこれからのお寺の在り方について、話を聞いた。

2019年7月30日

取材・文/小林憲行 撮影/荻山拓也

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仏教のきれいな面だけを伝えるより、現実のお坊さんのありのままの姿を見せる

この秋、主演の映画『典座-TENZO-』が公開となります。

今回、映画を作ることになったきっかけは2018年の秋に開かれた世界仏教徒大会です。10年ぶりに日本で開催され、メイン会場となった曹洞宗の大本山總持寺には世界中から800名ほどの仏教徒が集まりました。お迎えする日本の僧侶も宗派を超えて取り組んだ事業です。この時、曹洞宗として何か発信できるものはないかということから、映画を撮ろうという話が生まれました。

映画のタイトルにもなっています「典座(てんぞ)」というのは、食事を司る僧の役職です。食というのは生きる上で欠かせない行いです。食事を作るということ、そしていただくということ。そこに仏教の教え、ひいては人が生きる上で大切な教えがある。曹洞宗を日本に伝えた道元禅師は禅と共にその教えを中国から持ち帰られて、『典座教訓』といって、典座について書物を著しています。

東日本大震災がテーマにもなっていますね。どのような物語なのでしょう?

二人のお坊さんの姿を描いた、半分ドキュメントで半分フィクションの物語です。

私は実際の僧侶の姿を演じています。妻帯仏教の中で家族のこととか、お坊さんとは何なのかと、お坊さん自身も悩みを抱えている。もう一人のお坊さんは、震災で檀家さんもお寺も流されてしまって、今は他の仕事をしながらお寺の再興を目指しています。こちらはフィクションですが、実際に被災したお坊さんの仲間で、津波でお寺を流されてしまった方もいます。震災の後ご自身で命を絶たれた方も……。

私たちお坊さんは「坊主丸儲け」とか「葬式仏教」などと言われていますが、一方で、お寺が消滅してしまうかもしれないという危機感の中で、お坊さんたち自身も何を求めていけば良いのか分からず、悩み、葛藤しています。そうした葛藤を抱えながら、大きな災害に遭った被災者の元へ足を運び、ボランティア活動を行ってきました。そんな現実のお坊さんたちの姿を、この二人のお坊さんに映しています。

典座―TENZO―

©︎空族

 

お坊さんが被災地でボランティア活動をされているのは、メディアなどでも伝えられているのを拝見したことがあります。

私は山梨の曹洞宗青年会に所属し、全国曹洞宗青年会の副会長を2019年の5月まで務めていました。全国曹洞宗青年会というのは、曹洞宗の若手の僧侶3,000名ほどが加盟している団体で、各地域の青年会が行っている活動を全国に広げるほか、近年ではボランティア活動にも力を入れています。

今、全国各地で災害が起こっています。熊本地震ではいち早く被災地での炊き出しなどを行ってきました。全国にストックヤードを設置して炊き出しステーションや、食料の備蓄も行っています。何か起こった時にはそこを拠点として活動できるように備えています。

そのような活動が映画の中でも表れているのですね。

東日本大震災の時にはがれきの撤去などいろいろな活動を行いました。今でも継続しているのが傾聴活動といって、仮設住宅などで暮らしている被災者の方々とお茶を飲んでお話を聴くという活動です。また3月11日前後には被災地で欠かさずに祈りを捧げています。そうした活動を続ける中でお坊さんに対する視線も変わってきました。被災地に足を運ぶたびに、少しずつではありますが、求められるようになってきている感じがするのです。活動を通じて「お坊さんとしてやらなければならないこと」というのが、見えつつあるように感じます。

映画を撮影する際にも、監督と共に「何故求められていると感じるようになったのか?」ということを深く堀下げていく中で、仏教のきれいな面だけを伝えるよりも現実のお坊さんのありのままの姿を見せることの方が大事なのではないか。お釈迦様の教えが私たちお坊さんの体を通してどのように現れるか、映像を通して伝える方が大事なのではないかと考えるようになりました。


 

現実の社会では、お坊さんということを隠して生きていかなければならないように感じる

お坊さんのありのままの姿から見えてくる仏教ですか?

最初は単に、食をテーマにと考えていました。
ところが、その時私たちが考えていた「伝えたいもの」。例えば私たちは坐禅を組みながら食事をするのですが、その時の食の美しい作法であったり、仏教のきれいなところというのは書籍でも写真でも映像でも、すでにたくさん世に出ているわけですね。

では現実にある、僧侶の姿は?というと、そういったものは誰も発信しようとしていない。それは、お坊さん自身が壁を造っているからではないかと、若手の僧侶たちで考えたわけです。それが現代のお寺離れであったり、仏教離れであったり、信仰の希薄ということにつながっているのではないかと。現代社会と仏教の壁です。そこに葛藤というか、問題を抱えている僧侶はたくさんいるのです。

お坊さんは今、なり手が減っています。お寺に生まれたからと、全員が修行に行くわけではありません。寺院消滅とも言われますが、ただ少子高齢化や過疎化が原因ではありません。そこで仏教とは何かをもう一度見直そうと。青年会として何を発信したいのか?何を伝えたいのか?ずっと議論を続けながら、食を中心に、そこから生きるということ、今のお坊さんのありのままの姿を映像の中で出そうということになりました。

仏教を知らない方に対しても、何かしらの興味を持っていただくきっかけ作りです。お坊さんとして大上段に構えてきれいなことだけを伝えるのではなく、ありのままの姿から仏教を感じていただけるようにと、作った映画です。

お坊さんも迷われているわけですね。

お寺に生まれて、お坊さんの道を歩むようにと周りから線路を敷かれるわけですが、何故お坊さんにならなくてはいけないのだろうと、反発する気持ちも生まれます。私にもお坊さんって何だろう?という葛藤がありました。周りから見たら些細なことなのでしょうが当時の私にとっては大きな悩みを抱えたまま、永平寺に修行に行きました。朝は3時半に起きて、新聞もないし、もちろん携帯もない。肉も魚もお酒もないし、煙草もない。なぜこんなに何もない生活を強いられなくてはいけないのだろうとか。坐禅も足は痛いし眠いし。

しかし、そうした生活を続けて2年ほど経ち、修行を終える頃になると何か物足りないというか、このままで良いのだろうかと考えるようになりました。そして今度は指導する立場を学びたいという思いになり、気付いたら4年いました。坐禅の時間の心地良さとか、不思議なもので、嫌だったことが好きになるのです。

ところが、修行を終えてお寺に帰ると、今度は教えと現実との間にギャップを感じるようになりました。現実の社会では、お坊さんということを隠して生きていかなければならないように感じるようになったのです。例えばコンビニに行くと「お坊さんもコンビニに来るんですね」と言われます。すると、「あれ、お坊さんはコンビニに行ってはいけないかったのかな?」と、コンビニに行くときはお坊さんと分からないように服を着替えて、帽子を深く被るようになる。

私たちお坊さんが「見られている」ということは、常に感じています。見られているという意識を常に持たなくてはならないことは分かるのですが、それが良い意味で見られているのか悪い意味なのかが分からない。そのうちに自分が僧侶として生きるという上で、何を目指せば良いのかということまで、分からなくなりました。

お坊さん自身が、何をすれば良いのか分からずに迷われている?

「欲を断て」という教えがあるわけです。すると、お坊さんである自分が何かを目指しても良いのか?自分が向上心を持っても良いのか?それすらも分からなくなる。

お寺は基本的に待ちの姿勢です。当時、何かを発信するお寺というのもあまりありませんでした。お寺で自分のやりたいことができる方法はないのかと探すようになり、それがきっかけで、曹洞宗青年会に入りました。そこには活発なお坊さんがたくさんいて、そこでようやく安心感を得ることができました。ちょうどその時期に3.11があったのです。私自身も被災地にボランティアで行かせていただいたりする中で、やはり堂々とお坊さんとして生きた方が良いのではないかなと感じるようになりました。

同じような悩みを抱えながらも、活動するお坊さんがたくさんいらしたのですね。

お寺の側が何と言おうと、一般の方から見たらお寺の敷居は高いのです。檀家さんであっても、お寺は気軽に行けるところではないのです。だからこそ、もっと気軽にと考えた時、やはり精進料理だと。それもお寺に来ていただくのではなく、こちらから出て行こうと、全国曹洞宗青年会で「味来食堂(みらいしょくどう)」という精進料理の教室を、最初は東京の恵比寿で開きました。

レンタルキッチンスタジオを借り、袈裟を着てオフィス街でビラを配りました。ネットでも告知をしたのですが、誰も集まりません。駄目だったかな?と思いながらも数ヵ月に1回くらいのペースで続けるうちに、だんだん広がっていったのです。今では、Facebookなどで告知をすると、たくさんの方が集まってくださるようにまでなりました。一歩踏み出してみれば、意外とすんなり受け入れてもらえたのです。

お葬式の時だけでもお坊さんを呼ぼうと思ってくださるのであれば、まだお坊さんのがんばれる余地はある

インターネットなどでお坊さんを派遣するについてはどのようにお考えですか?

今の日本では、半数の人はお寺とかかわりがないといわれていますが、ある意味それは当然のことです。
戦後、高度経済成長の時期に地方から次男さん、三男さんが出てきて都市の人口が増えました。地元の菩提寺は本家の長男が継いでいますから、都会に出てきた方々がお寺とかかわりがないのは当たり前です。かかわりがないのですから、インターネットでお坊さんを探すということも当然のことなのです。

このような表現が正しいかどうか分かりませんが、日本人の半数の方がお寺とはかかわりがないということは、そこに市場があるとも言えるわけです。そこに対してお坊さんたちも積極的に行かなければ、次の世代、その先の世代に「お寺って何だっけ?」と言われかねません。ただし、お葬式で瞬間的につながるのではなく、生前からその方の人生に関わっていける形を作っていかなければ、やはりこれからのお寺の存続は難しいでしょう。

もちろん、ネットでお坊さんを探す方には、葬儀という瞬間的なつながりだけで十分という方もいらっしゃるでしょう。でも、お葬式の時だけでもお坊さんを呼ぼうと思ってくださった。一瞬でもそういうニーズがあるのであれば、まだお坊さんのがんばれる余地はあると思います。もしお坊さんが求められているのであれば、応えなければならないと思います。

ライフエンディングにかかわる業界の立場から見ると、「お寺は別」という印象があります。

今、私たちお坊さんが葬儀や法事を担えるのは、通常であれば既存の檀家さんの場合のみです。しかしそこにさまざまな企業が入って来られて、きっかけづくりをされています。そのきっかけに対して、お寺は距離を置いていてコミットできていない。その距離感を縮めることができればと思うのです。大切な方を亡くされて、きちんと送ってあげたくてもどうして良いか分からない方が、実際にいらっしゃるのですから。そういう方を紹介していただいたら、初めてお会いする方であっても、故人のお話を一生懸命お聴かせいただいて、僧侶として自分ができることをさせていただきます。そこでご遺族が少しでも救われたと思っていただけるのであれば、お坊さん自身も救われるのです。

お寺だけの力では、宗教と縁のなかった方々とつながることはできません。でも、企業と協力できるのであれば、そこから新しい関係性を築けるかもしれません。人との出会いでは必ず何かが生まれますし、人との出会いでしか、何かが生まれるということはないのです。この出会いというものを、どんな形であれ大事にしていく。ご縁をつなげる環境というのがこれからの布教では大切だと思います。ご遺族も、企業も、お寺もお互いがありがとうと言い合えるような関係性が構築できれば良いですね。

 

お寺と企業がそれぞれの得意な面で協力し合うということですね。

このような考えのお坊さんは大多数ではないかもしれません。しかしこうしたことも見据えていかないと、お寺の将来が先細りしていくことは目に見えています。こんなことを言うとお叱りをいただくかもしれませんが、自覚しなければなりません。「檀家さんを大事に」とはよく言われますが、檀家さんだけを向いているということは、裏を返せば、檀家さんに甘えているだけなのかもしれません。伽藍の維持もそうですし、私たちお坊さんの生活も檀家さんに支えられています。そこをしっかりと認識した上で、本当の意味で「檀家さんを大切にする」にはどうすれば良いのかを考える必要があります。

亡くなってからお寺に来ていただくのではなく、生前からお寺に来ていただけるように積極的に働きかけていく必要もありますし、同時にこれまでお寺とかかわりのなかった人に対しても、お坊さんの方からかかわっていく必要はあると思います。そうでなければ、お寺の先行きは厳しいと思っています。

お寺という場を好き勝手に使ってもらって、楽しい場にしたい

地方のお寺を見ると、過疎化は本当に歯止めが利かない状況になっています。例えば私のいる地域では人口は80数万人です。そこにお寺は1,500ヵ寺くらい、曹洞宗だけで500ヵ寺以上あります。しかし、その500ヵ寺のうち住職がいるのは6割程度です。残りの4割は兼務寺です。なぜかと言えば、そのお寺では経済的に食べていけないから。それが現実です。いずれ自然淘汰というか、そうしたお寺が消滅するとか、統合されていくことは起こり得ることです。しかし指をくわえて見ているだけでなく何かできないかと考えた時、信仰や宗派のことだけを考えてもなかなか受け入れてはもらえません。

私のお寺も600年ほど続いていますが、その歴史の中でも紆余曲折があったと思います。繁栄した時代もあれば衰退した時代もあるでしょう。今は衰退の時期に来ているのかもしれません。しかし衰退するのであればもう一度上を目指していく必要があるのではないでしょうか?個々のお寺のあり方だけを問うのではなく、現代社会とお寺との距離感を縮めていかなければならないと思うのです。

お寺ではどのような活動をされているのでしょうか?

力を入れていることでは「つる食堂」という地域食堂を開いています。基本は子ども食堂ですが、そう言ってしまうとイメージが限定されてしまうので、地域食堂と言っています。そこには子どもだけでなく高齢者もいらっしゃいますし、学生さんたちにも協力してもらっています。地元の農協さんが食材を提供してくださったり、社会福祉協議会がお米を提供してくださったり、ボランティアコーディネーターや調理師さんなど人材を派遣してくださったり。最近ではホテルのシェフの方も、お仕事の休みを取って調理をしに来てくださっています。

今、地域の学校に通う生徒の3分の1くらいが、放課後、学童保育に通っています。学童では6時半まで子どもを預かっていますが、育ち盛りですからお腹が空くわけです。そこで、お寺で6時から地域食堂を開くと、親の負担も減りますし、子どもたちは食事だけでなく普段できない遊びもできる。学校の教室ではできない学年を越えた遊びとか、多世代交流ができます。小学生は走り回るだけですが、そこに中学生が入るとそこにはルールが生まれるのですね。それは見ていてもお面白いですよ。


 

食事を通じて地域のコミュニティーが生まれているわけですね。

私が理想としているのは原点回帰と言いますか、地域の寺子屋としてのお寺です。私も子どものころは本堂で走り回って遊んでいました。そういったことを子どもたちがやってくれれば自然とお寺に足を運んでくれるのではないかと考えました。お寺という場を好き勝手に使ってもらって、楽しい場にしたいのです。

2年くらい前から活動を始めて、今のように月1回の体制になってから1年くらい。学生さんたちが毎週ミーティングを開いて「次は何をやろう」と企画してくれています。最初は30名くらいだったのが、今は100名くらいの方がいらっしゃいます。

100名分の食事を作るのですか?

お米は10升炊いています。
すべてを無料にしてしまうと有難みも無くなってしまいますので、1食100円をいただいていますが、もちろんお寺だけではできないことなので、甘えられるところは皆さんに甘えています。

こうした活動というのは、持続性がとても大切です。仏教やお寺が何故、何百年、何千年と続いてきているのかといえば、命が循環して持続しているからなのです。今のお寺は死後だけの役割になっていますが、もとをたどると生きているうちによりどころができて、それが死後、浄土につながっていくということだと思います。特に禅宗は、死後ではなく今をどう生きるかということを考えます。だからこそ、仏教と生きることをどう結び付けようと思って、活動をしてきました。

これからの展望についてお話しください。

今、この地域食堂は私の中でもピタッとはまっているといいますか、とても大切な活動です。子どもたちが友だちを呼んできてくれています。幼稚園児も、小学生も中学生も来て、たまに高校生も来るし、大学生も地域の高齢者も来る。誰かが帽子をかぶったままご飯を食べようとすると、年配の方が「帽子を取りなさい」と注意してくれるんです。こういう経験があれば、何十年先、自分たちが孤独を感じた時などに思い出して「あそこに行けば何とかなる」と思ってもらえるきっかけになるかもしれません。

食事というのは作ることも大変ですが、食べることにも力を入れないといけないと思います。食事は生きる上では絶対に必要なことです。料理ができる人は限られていますが、食べることは誰でもできます。その食べること中心に広げていけば、お寺にもいろいろな可能性があるのではないでしょうか?

ありがとうございました。

典座ーTENZOー

『典座ーTENZOー』第72回カンヌ国際映画祭 批評家週間 特別招待部門 正式出品 / マルセイユ国際映画祭 観客賞受賞 / フランス全国公開決定 / 2019.10.4から全国公開スタート / アップリンク渋谷・吉祥寺   ©︎空族

河口智賢

山梨県都留市で室町時代に創建され、以来600年以上の歴史ある、曹洞宗 種月山耕雲院の副住職。
学生や企業、各種団体と連携しながら、子どもや高齢者が集う地域食堂の運営や、さまざまな地域活性化事業を行っている。また、全国曹洞宗青年会では副会長も務め、映画事業実行委員長として映画『典座-TENZO-』製作、出演を行う。精進料理教室、ヨガと坐禅を融合したイベントなど、禅の魅力と多様性を積極的に発信し続けている。

「ライフエンディング業界のトップインタビュー」は超高齢社会に向けて先進的な取り組みをしている企業のリーダーにインタビューし、これからの我々が来るべき未来にどう対処し、策を練っていくかのヒントを探る企画です。普段は目にすることができないライフエンディングの最先端の場で、どのような取り組みが行われているのか?余すこと無くお届けします。

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