ニッポンの終活 ニッポンの終活〜人生の最後をどう考えるか〜 ニッポンの終活〜人生の最後をどう考えるか〜
金子稚子

終活ジャーナリスト・金子稚子「葬儀はお別れというより、関係性が変わるスタート地点」

取材・執筆:北千代 撮影:村山雄一

2019年6月18日

編集者だった金子稚子さんが、終活ジャーナリストとして活動する出発点になったのは、2012年に難病「肺カルチノイド」で亡くなられた夫、流通ジャーナリストの金子哲雄さんを看取った経験です。その経験は、稚子さん・哲雄さんそれぞれが書籍にまとめ、同年の流行語大賞には「終活」がランクインして話題になりました。
稚子さんが取材されたさまざまな終活の現場のこと、死や終活についての考え方についてお聞きしました。

死には、「一人称の死」「二人称の死」「三人称の死」がある

金子さんが在宅で夫の哲雄さんを看取った経験を著書で拝読して、そもそもの「死ぬということ」について、知らないことがこんなにあるのか、と驚きました。

夫は、「肺カルチノイド」と診断されたときには既に、「次の瞬間に窒息死するかもしれない」という状態でした。私たち夫婦はジャーナリストと編集者でしたので、当事者でありながら、ちょっと引いて起こっていることを見ている部分もありました。そういう客観的な目線でも、「聞いてないよ」のオンパレードだったんですね。私たちは体験しながら取材していたようなものでした。

夫が亡くなって、グリーフの過程で医療系の学会へ、一般聴衆として繰り返し聞きにいっていました。やがて、学会で私自身の看取り体験を講演するようにもなったのですが、そのときに「夫を亡くした直後の私なのに、こんなにも部外者感があるのはなぜだろう?」と疑問を持ちました。そこで多くの医師、看護師、ソーシャルワーカー、宗教家から現場のお話を聞いたのですが、その時に、「これは私たち自身にも問題があるから、自分たちが変わった方がいいな」と思いました。「自分が死ぬ」という大問題について、対話することによって、本人も家族も光が見いだせそうだと感じたのです。つまり、対等な立場で専門職と対話をすることに意味がある、ということです。

著書の中でも、「対話」をたびたび勧めていらっしゃいますね。ご本人にとっての大問題でも、立場や経験で受け止め方が違うので、専門職とはいえ画一的には判断できないから、と。

終末期医療の話題で、業界で言われる「一人称の死、二人称の死、三人称の死」という言葉を使わせてもらうことがあります。一人称の死は、私の死の問題。二人称の死は、一般に家族や深い関係の友人の死。三人称は誰かが亡くなってニュースに出ているような死。では、ご葬儀関係の職業の方や、医療職・介護職の方にとってはどうなのか。二人称ではないですよね、でも三人称でもない。「⒉5人称」あたりでしょうか。たくさんの死を知っているお仕事ですが、一人称ではないんですよ。たくさんの死を知っているけれど自分の死ではないので、本当のところはわからない。だから、一人称の死に直面している人に「余命宣告をされた人」というレッテルを貼って、大変な苦しみを与えてしまう専門家も残念ながらいます。

余命宣告を受けたご本人やご家族から、「自分の話を聞いてもらっていないと感じる」「話す気にはなれない」という話を聞きますが、そういうときは貼られたレッテル通りの「患者」を演じるほうが楽なのだそうです。でも、その局面では楽でも、本当に死を前にすると、それでは苦しさから逃れられないんです。だから、自分のことを話せる心づもり、人間関係ができていることが大事ですよね。

現実には、医師と患者が対等に話すというのは難しいでしょうね。

正直、難しいですね。ですから鍵を握るのは、看護師さんや介護を受けている方なら、ヘルパー、ケアマネージャー、介護士さんという実際の生活を支えている身近な方です。お医者さんはすごく勉強されていますが、医師の数は限られているし、医療依存度が高い場合だと彼らの役割は医療に集中するので、こうした話し合いを主導するのは、別の人の役割だと思います。

ただ、その役割を誰に任せるにせよ。やはり患者さん本人がまず言葉にできていないと、話し合いは始まらないですよね。

例えば、「今後、この症状に対してこういう治療をすると、お体がちょっと辛いと思います。もちろんこの治療をしなくても、明日すぐに死んでしまうわけではありませんが、だんだんお体はこんな風に弱っていきます。ですので、どうやってこの後お過ごしになりたいですか?」と、医師や看護師に聞かれた時に、患者本人が考えたこともなくて絶句してしまうと、本人を含めて全員が困ると思います。

ある程度の答えを出すには、「嫌なものを知る」ということが有効だと勧めていらっしゃっていますね。

「毎日の散歩はできる限り行きたい」とか、「少しでもよくなるなら、孫とあそことあそこには行きたい」とか、そういうことがわかっているだけでもいいと思うんです。でも、暮らしってあまりにも日常的なので、皆さん意識していないんですよね。それで、「嫌なものを避けていく」ことを考えるほうが楽だと思います。

夫は、「日常のペースをとにかく崩したくない」というのが根底にありました。肺を病んでいたので移動だけでも本当に苦しい思いをするわけですが、お風呂が好きだったので、シャワーも浴びられないのは嫌だというように。

どうしても標準で考えると、お風呂は優先順位から外れてしまいますが、本人の希望がわかっていると、最終的な答えが導きやすくなるということですね。

これは理想なのですけど、「こう生きたい」という意思表示があったうえで、それを踏まえて「こういうケアがありますね、医療がありますね」とプロが提案できるというのがいい形かなと思うんです。

私の命ではない、夫の命だと言い聞かせていた

哲雄さんは病気を公表せず、亡くなる直前まで仕事をなさっていましたね。

「次の瞬間窒息死するかもしれない」といわれて夫が終活として最初に何をしたかというと、遺言書やお墓の準備ではなくて、「死ぬ寸前まで仕事をしたい」と決めたことだったんですね。それを一番ギリギリまで受け入れるのに時間がかかったのは私です。当時の夫のマネージャーが死ぬまで病気を隠してくれ、仕事の環境ができましたし、病気が進んでいくにあたっても仕事をいかに続けていくかで、医療が選択されました。完治はもう目指せる段階ではなかったけれど、1日でも長く仕事をするにはどうしたらいいかという基準で医療が提案されていった。それは死ぬまで変わりませんでした。

在宅でなければ、あのお仕事量は難しかったでしょうね。どの時点で、稚子さんご自身の腹が決まったのですか?

24時間を自由に使えるというのが夫には大事でした。心地いい空間で、自分のペースで仕事をしたかったのだと思います。

亡くなる40日前に危篤になり、その後、金子本人が葬儀社との打ち合わせを済ませて、『僕の死に方』という本を書くと決断した時に、私自身は、「この人は本当に死ぬんだ」ということを、ようやく受け入れたというか……。それまでは、「今からでも遅くない、公表して仕事を休んでくれ」って、やっぱりずっと思い続けていました。だけどその度ごとに、「誰の命だろう」と自問自答していました。「私の命ではない、夫の命だ」と、自分に言い聞かせていましたね。

稚子さんご自身も、やはり1日も長く仕事をしたいと思っていますか?

夫の生き方を通して、「あ、こうやって死んでいけばいいんだ」というのをはっきり教えてもらいました。こうやって生きてこうやって死んでいけばいい、というのがはっきりわかった。だから、言い切るのは大変ですけれども、私も夫と同じで仕事が好きなので、できる限り長く仕事は続けたいですね。がんで死ぬのであれば、「在宅医療を受けながら亡くなって墓の中」までのルートは全部、夫によって準備されています。お墓ももう入る場所が決まっていますし。

がんで亡くなるとなると、死を目の前にして生きている時間が当然あるわけです。長い短いはあるにしても。その時に、自分のことをわかってくれる人が身近にいることがとても大事なんですね。私にはそういう友人がいますし、そのときがきたら、夫がやろうと思ってできなかったことをやりたいですね。

哲学者やお医者さんからの、例えば「アドバンス・ケア・プランニング*」を進めていく時に必要なものは何かといった研究に、患者本人としてどんどん関わっていきたいんです。自分のことを客観的にとらえて話すことは、ジャーナリズムの仕事をしていないとなかなか難しいと思うので、いざという時は、専門家と一緒にそういうことを考えたい。できるかどうかわからないけど、それが夢かな。だから、できればがんで死にたい(笑)。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは
近年、人生の最終段階については、一人ひとりが「どう過ごしたいのか」を、自身の人生観や価値観を踏まえて家族や専門家に伝え、それをもとに医療やケアを提供することが重視されるようになってきました。自分の人生の最終段階について前もって考え、専門家や家族等と繰り返し話し合うことをACPといいます。「人生会議」ともいわれます。

お弔いはきちんとしないと「死が怖い」人ばかりになっちゃう

「自分の死を考えることは、よりよく生きるうえで、とても大切なこと」と金子さんはおっしゃっていますが、死について考えることを恐れている方も多いですよね。そういう方は、最初にどういうことをするとよいと思いますか?

葬儀の「葬」という字すら、「死」という字が中に入っているから見るのが嫌というような方もいますが、そういう方が死について考えることは、本当にお辛いでしょう。そこで、死ではなく、まず自分が嫌だと感じることをとにかく意識して、暮らしを丁寧に充実させていくとよいのではないかと思います。そうして暮らしていくなかで、必ず誰かの死にぶつかりますね。その時の死別の悲しみを、大事に味わっていただきたいと思います。直後ではきついと思うので、何年か経ってからで良いと思うんです。亡くなった方に思いを馳せることから逃げない。友人同士で「こういう人だったね」と話し合ったりするなかで、気持ちを味わっていく経験を少しでもなさったほうがいいかなと思います。身近な方の二人称の死を一つ一つ丁寧に味わっていただきたい。

だから、葬儀やお弔いを丁寧にした方がいいですよね。今は直葬が増加していますが、ご遺骨になった後でも良いから、お弔いはきちんとしないと「死が怖い」という人ばっかりになっちゃうと思います。

死について語ることがタブー視されている面があるかもしれません。

1970年代半ばを境に病院死と自宅死の比率が逆転しましたよね。死を病院に預けてしまって半世紀近い。人々の死生観が変わってもおかしくない期間にわたって、日常生活から死が遠ざけられていたんです。また葬儀社さんにお弔いの過程もお預けしてしまって、余計、死に接触できないんですね。

その一方でお墓まいりをする方は多いですよね。そういうお弔いがきちんとできているなら、今後のお弔いは形が違ってくるなと思います。

「死ぬってどういうことだろう」と、もっと興味をもっていいと思います。聞いてはいけない状態のご遺族もいらっしゃるので配慮が必要ですが、自分の「二人称の死」の体験を話してみたいというご遺族も、決して少なくないのですよ。ですから、「かわいそうに」で終わらせずに、ご遺族の話を聞いて、タブー視を解いていかないと、と思っています。

私自身、夫の葬儀のときの涙の質が、それまで思っていたものと違うことを体験しました。通夜や告別式の場で、夫のために泣いてくださっている皆さんの姿がありがたくて泣いていた……皆さんから愛していただいていることに対する感謝と感動という新しいものを、葬式をすることで得られたんですね。

夫の死は、夫の喪失ではなく、夫との関係の変化だととらえています。ですから、葬儀は、お別れというよりも、スタート地点だとずっと思ってきました。臨終は死の瞬間という一点ですが、でも死は、実際の感覚では死亡診断書で終わりになるのではなく、葬儀も含めた時間的な幅があって、グラデーションになっているイメージでしょう。だから二人称の死を体験中の遺族のためにも、現実の出来事もグラデーションにならすよう、介護や医療と葬儀の専門職の方達にはうまく手を結んでいただきたいし、私なりにそのお手伝いを一所懸命しているつもりです。まずは、いろいろな専門職の方達がそれぞれの二人称の死を体験したとき、タブー視しないで話し合うことを通して分かり合えるのではないかと思っています。

まずは当事者性があれば、ということですね。それは専門職の方に限らず、私たちも。

誰かのご葬儀に参列して帰ったら、「こんな人だったんだよ」という話を家族でしながら、葬儀のことではなく死の話をすることを、普通にしてほしいと思います。家族っておそらく、意識していないと口に出せない関係だと思いますよ。だから、エンディングノートも、両親に用意する前に、子どもさんが先に「自分はこういうものを書いている。だからお父さんお母さんの話も聞いてみたい」というきっかけに使ってほしいですね。

エンディングノートに最初に書いておくべきことはありますか。

もしもの時のことですね。本当に死が近くなった時にどうしたいか、どう生きていきたいかということを聞いておきたい。「積極的に治療を続けていきたい」とか「どういう状態が幸せで心地いいのか」ということです。もちろん、変わっていい。夫も私も、最後の最後まで変わり続けました。その変わり続ける話を聞き続けるというのは、身近な人間にとってはかなり大変かもしれませんが、人間関係ができていたら、本音を話してくれるその人の話を聞きたいと思うのではないでしょうか。

心地よい状態がわかっていれば、そのことをプロに伝えて方法はお任せできる。それによって、よりよく生きられるということですね。

こうしたいと伝えて、次の方法を話し合って一緒に考える。プロには「こういうやり方もあるね」と提案できるようになってほしいし、患者やご家族も自分のことを素直に伝えられるようになっていたほうが良いですね。

「一人称の死」「二人称の死」「三人称の死」という考え方には、死を客観的にとらえるとともに、自分ごととして考えるにはどうしたらよいか、というヒントが詰まっていると感じました。「嫌なことを知ることで、終活について考える」というのは、どなたにも取り組みやすいことだと思います。
本日は、ご自身の体験に基づく貴重なお話をありがとうございました。

金子稚子

金子稚子 終活ジャーナリスト ライフ・ターミナル・ネットワーク代表 夫は、2012 年 10 月に他界した流通ジャーナリストの金子哲雄。 病気の確定診断とともに死の宣告を受けた夫の闘病生活や死に寄り添う中で、死がタブー視されるがために起こっているさまざまな問題に気づく。夫と死別後は雑誌・書籍の編集者だった経験を生かして、医療から葬儀・供養、墓、さらには遺族ケアに至るまで、死の前後に関わるさまざまな事象や取り組み、産業を取材。多死社会を目前に控える今、起こるだろう問題について警鐘を鳴らし、情報発信や提言を行っている。 また、死別経験者として、当事者の話でありながら、単なる体験談にとどまらない人生の最終段階から臨終、さらに死後・死別後のことまでも分析的に捉えた冷静な語り口は、医療関係者、宗教関係者からも高い評価を得て、各学会や研修会にも講師として登壇。生命保険等の金融関係、葬儀関係、医療・福祉関係、医薬品などの各種団体・企業に向けてだけでなく、行政、一般向けにも研修や講演活動を行う。さらに、人々の死の捉え直しに力を入れ、従来のものとは一線を画す“真の終活”、すなわちアクティブ・エンディングを提唱。多岐に渡るさまざまな情報提供とともに、私たち自身が自分で「いきかた」を決める必要性を訴えている。 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの普及・啓発の在り方に関する検討会」では、構成員として 10 年ぶりとなったガイドライン改定にも関わったほか、2019 年からは一般社団法人 日本医療コーディネーター協会共同代表理事に就任。現在も一貫して“死の前後”にこだわり、領域をまたいで、専門家や当事者への取材を重ねながら、誰もがいつかは必ず迎える「その時」のために、各メディアや講演活動、大学の市民講座などを利用した情報提供や心のサポート、市民活動への協力など、精力的に活動中。

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