ニッポンの終活 ニッポンの終活〜人生の最後をどう考えるか〜 ニッポンの終活〜人生の最後をどう考えるか〜
東ちづる

女優・東ちづる「エンディングノートを書いたら、生に執着するようになった」

取材・執筆:北千代 撮影:村山雄一

2019年5月28日

女優として活躍している東ちづるさんには、ボランティアとしての顔も。骨髄バンクの普及活動に始まり、ドイツ平和村の支援、そして現在は、一般社団法人「Get in touch (ゲット・イン・タッチ)」の代表を務め、誰も排除しない「まぜこぜの社会」を目指す活動に取り組んでいます。映画「私はワタシ~over the rainbow~(オーバー・ザ・レインボー)」の制作においては、自らプロデューサーとキャスティング、インタビュアーを務めました。さまざまな活動を通じて、東さん自身の死生観は、大きく変わったと言います。

父が「葬儀はいらない」と言った理由を聞けばよかった

骨髄バンクの普及活動を契機に、ご両親と終活のようなお話をされたそうですね。

白血病などの患者さんとご家族の皆さんと27年間活動をしてきました。愛情から、発病した家族に告知をしない苦渋の選択をし、患者さんも気づかないふりをし、そして残念ながら天国に召された場合、あれでよかったのだろうかと苦悩するご遺族もいらっしゃいます。
そんな経験から、病気や人生の幕の下ろし方について、家族と話し合っておこうと考えたんです。しんみりするよりも、お天道様が燦々と輝いているお昼間に明るく面白く話した方がいいと思って、「ちょっとお話があります。ねえ、どういう風に死にたい?」と。

母は縁起でもないとちょっと怒りました。
「私の場合はね」と提案すると、子どもに先立たれることを想像するだけで、母の目が潤みます。そこで、「順番から言ったらあなた方が先だから」って返したら、また怒る(笑)。それでも、冗談を交えながら穏やかに「私たちは生まれた瞬間から死に向かって生きているのに、いざその時がくると、どうしてほしい?と聞けないから」と説明したら、わかってもらえました。

父は肝硬変で長らく入退院を繰り返していましたから、すでに色々考えていたのでしょう、すぐに応えることができました。「僕は、延命治療はいらない。チューブだらけになるのは嫌だ。植物状態になったら、もう僕ではないから」と。お葬式もいらないと言われました。でも、まさか62歳で他界するとは思わなかった。ICUで話もできなくなり、腹水がたまって顔色も悪くなったとき、眉間にしわが入ったんですね。その時、父が「眉間にしわを寄せて死にたくない」と言っていたことを思い出したんです。

父の意思を医療側に伝えると、緩和ケア病棟ではないのでそこまでのケアはできないと言われ、家族のわがままだと立腹する看護師さんもいて。困った私はつい「先生のお父様ならどうなさいますか」と聞いたんです。お医者さんはじっと考え、黙ってたくさんの点滴のチューブを抜いて痛み止めだけの点滴にしてくれました。すると父の頬がピンク色になり、眉間のしわもとれて。後で先生たちは「勉強になりました」と言ってくださってホッとしました。

 

お父様は「お葬式もいらない。海へ散骨してほしい」とおっしゃって、お骨の一部は因島に散骨されたけれど、ご葬儀は結局、一般葬でなさったのはどうしてですか?

迷ったのですが、結局は私たち遺族の心の整理のためです。

参列した方から私の知らない父の思い出話を聞けて、葬儀をして良かったと心から思えました。と同時に、「お葬式はいらない」と言った理由を聞いておけば良かったと後悔しました。父は家族に迷惑をかけたくないと思ったのではないか、父にとって何が迷惑なことなのか、人生で何をがんばり、何に耐えてきたのか、何が喜びだったのか、もっと知りたかった。

その上で、迷惑ではないし、サヨナラをしたい人もたくさんいるのだから、私たちは葬儀をしてちゃんと見送りたいと、伝えられていたら良かったと思います。

母は「延命治療はいらない。臓器提供はしたい。お葬式は華やかに」と、はっきりと。華やかにというのが母らしいので具体的に聞くと、好きな花に囲まれて楽しく語って欲しい、写真もいっぱい飾って欲しい、音楽も暗いものではない方がいい、と。

死の迎え方や葬儀方法の願望をきくだけでは十分ではないとわかり、母とは老後のことも含めて話をしています。老後については、私から「体もお金も自分の人生のために使い切って欲しい」と勧めています。

大好きな祖母が亡くなった時に、私がMCを務める生放送の仕事があったからという理由で、私には2日後まで教えてもらえなかったんです。「私は大丈夫。プロなんだから!私を信頼していない証拠だ」と、その時は怒りましたが、後で「なぜ教えてもらえなかったんだろう?」と考えたんです。母は辛いことやしんどいことを、今まで家族に言わずひとりで抱えて生きてきたんだろうな、と思い当たって。

母にはもっと自分を解放して、自分らしく生きるために生き直しをしてほしいと思い、一緒にカウンセリングを受けました。それで随分と変わったと思います。一年間のカウンセリングの後、母の誕生日に「書くと自分のことがわかってくるから」と、スカーフと一緒にエンディングノートをプレゼントしたんです。喜んでいたので、書いているのではないかと思います。

 

東さんご自身もエンディングノートを書いていらっしゃいます。書かれていてどのように感じましたか?

エンディングノートを書くことで、生きることに執着するようになりました。

当たり前のように明日があると思っていたのに、エンディングノートや遺言を書くと、死ぬことが本当に怖くて泣けてくるんです。「私、こんなに生きていたいんだ!」と気づきます。そして色々なもの、特に時間を大切に思うようになりました。「これは私の問題ではない」という見切りも早くなる。大げさに言えば、今は、ほとんどのことはどうでもいいと思っています。だからこそ、今日何着て行こうかな、何食べようかなという日常の細かなこと一つ一つを大切にした上で、それが叶わなくても心のバランスが取れるようになりました。

人間関係の捉え方も変わりました。
たくさんの人と出会うほど、裏切る人もいるし、騙す人とも遭遇してしまう。20代の頃は「私の何が悪かったんだろう」と悩んで、十二指腸潰瘍に苦しんでいましたが、今は「それは、浅い薄い関係だったんだ」と思えるようになりました。絆って頼りにもなるし煩わしいものでもあるんですよね。家族でもそうですが、深くなると蛸壺化して周りが見えなくなってしまうこともありますから。

人との出会いで活動も学びも更新して、人間関係も変わっていくでしょ。だからそろそろエンディングノートも更新しないといけないなと思いながら、もう1年半くらい経っちゃっていますね(笑)。

東ちづる_ニッポンの終活2

 

エンディングノートを書いて健やかになられたのですね。皆さんにお勧めしたいですね。

勧めたいですけれど、急には難しいと思います。

今、子どもの時から死を学ぶ機会ってないでしょう?
死を学ばないと生きるってことに気づけないんです。
戦争を知らないと平和ってわからないんです。

病気になって初めて健康がわかるでしょう?子どもの頃から死生観を養うためにも哲学、そして、経済学、政治学、性教育が学べると、とっても生きやすいのにと思います。

 

社会や人生は理不尽だから、いい人生だったと思えるように

東さんは、さまざまな活動をされる中でも、生と死について考える機会が多かったかと思います。ご自身はどのような死生観を持つようになられましたか?

当たり前のことだけれども、「本当に人は死ぬ」ということを体験してきました。

生については誕生日などのエピソードも満載ですが、死についてはあまり表に出さないようにしている。

出会う患者さんたちは、自分のライフクオリティを突き詰めていく人も少なくありません。余命いくばくもないかもと思うと、「何を食べたい」「どこに行きたい」「誰に会いたい」「何をしたい」などが明確にわかってくるんですよね。
そんなふうに自分の願望や希望を表現するということは、自分の人生に責任をもつことでもあると気がついたんです。生と死は常に背中合わせですから。

以前は誰かと繋がっていないことが不安で、嫌なことでもなかなか「ノー」も言えませんでしたが、「仕事以外では、自分の生きたいように生きてみよう、会いたくない人とは会わなくていい」と思うようになって、めちゃめちゃ生きやすくなりました(笑)。だんだんと「本当に会いたい人と会う」「着たい服を着る」「したいことをする」が明確になっていくんです。

心理学の本も読み、考える中で、親の期待に応えようと生きてきたことにも気づき、「私は私でいい」と思うに至りました。でもその頃の母は、まだ妹の子どもたちにも「頑張りなさい」「ちゃんとしなさい」「優しい人に」「愛される人に」「キチンとした人になりなさい」という育て方をしていたので、母にも自分を取り戻してもらわないと、私も妹も孫たちも、そして母自身も解放されないなと思ってカウンセリングを受けてもらいました。

 

活動の中での出会いが、東さんやお母様が変わるきっかけになった?

私より若い患者さんたちが亡くなっていくんです。

そこに意味や意義を見い出そうとしましたが、哀しくて、辛くて、無念で、社会や人生はすごく理不尽なんだなと。もし明日死ぬなら、「いい人生だった!」と思えた方がいいし、母にもそう思って欲しい。子どもや夫や社会のためにと尽くしてきた母に、「良妻賢母」の肩書きを外して、自分を大切に生きて欲しいと思ったんです。

というのも父の墓前で「ごめんなさい」「ありがとう」は言えるのですが、一個人としての父があまり思い描けなくてショックでした。バリバリ元気に働いてる父、お酒が大好きな父、私たちを愛してくれた父はわかるのですが、一人の人間としてどういう夢を持っていたか、どんな人生だったとかがわからない。

母のこともわかっているつもりではなくて、もっと分かり合いたいと思いました。1年カウンセラーを介在して最終的には4年かかりましたが、母が自分を取り戻すと私もつられて「生き直し」の扉を開けていき、楽になっていきましたね。

母は本当に変わりました。今年80歳です。高齢になってからの「生き直し」、よくがんばったと思います。来年は世界一周する客船にひとりで参加する予定です。人は変わろうと思えば、何歳からでも変われますよね。

 

自分自身が不安で生きづらいから、活動をする

死生観や終活にまつわることが全部、骨髄バンク支援や一般社団法人「Get in touch (ゲット・イン・タッチ)」など、東さんの活動に繋がっているという印象です。

学校や職場、趣味やご近所付き合いではなかなか教えてくれなかった様なことを活動が教えてくれました。

この世界は「まぜこぜ」です。

例えば、LGBT(性的少数者の総称)の割合は11人に1人という調査もありますので、クラスにも絶対いたはずです。私自身もそうしたクラスメートを悪気なく傷つけていたと思います。無知って恐いです。

「私はワタシ~over the rainbow~」*の撮影で50人のインタビューで、ほとんどの人が子どもの時、「自分は大人になれないと思っていた」と語りました。

「家族にも世間にも迷惑をかける存在だから、自ら死を選ばなければいけないと思っていた」と。実際に自殺未遂した人もいれば、パートナーが自殺した人もいましたし、子どもたちのいじめや自殺や自殺未遂の背景にLGBTがあることも少なくないと知りました。
それで、小学校、中学校、高校でのLGBTの理解を深める映像『自分が自分らしく生きるために』を作ったんです。

まずは先生たちに見てもらい、保護者も含めた生徒たちに見てもらい、そこから人権教育の授業が始まればという思いです。送料を含め無料で小中高に配布し、先生の感想も届いています。「知らないことだらけでした」という声は多いし、「自分はゲイだけどカミングアウトしていないし、どう授業をしたらいいかも迷っていましたが、結局僕は自分のことしかわかってなかったんですね。たくさん気づきがありました」という感想もありました。

幼稚園からも、「園児に性同一性障害の子がいるようだから、私たちはどうしたら良いのか勉強したい」と。市内全ての小中校に配るから送ってほしいという市もありました。

*「私はワタシ~over the rainbow~」(監督:増田玄樹)は、現在、全国各地の団体、行政、学校などで自主上映会を開催中。https://mazekoze.wixsite.com/overtherainbow

 

東ちづる_ニッポンの終活

 

お墓も、まだまだ家族が主な埋葬単位です。LGBTの方達の終活には、難しい状況があるのではないでしょうか。

パートナーが亡くなっても葬儀にも出られない。家族の席に座りたいけれど目立たないように後ろに立っていた。お墓参りにはご家族が行かない時を選ぶ。病院でも、パートナーが集中治療室や無菌室に入るとお見舞いに行けない。……それはもう本当に、切ない話がいっぱいあります。渋谷区や世田谷区がパートナーシップ条例を施行した時、「病院でパートナーとして立ち会えることが嬉しかった。安心した」という人も多かったようです。

一生を添い遂げたいと愛し合う二人を祝福するのは、人として当たり前のことなのに、それを認めないのはなぜか、本当にわからない……。家族とはなんだろうとか、社会とか国とか国家とはなんだろうとか、子どもの時から今まで考えずに大人になってしまっているんですね。100人いたら100通りの考えがあるので、自分のライフスタイルにあった選択ができる社会が健全ではないかと思うんです。

葬儀のスタイルも、選択肢はあればあるほどいい。迷うほどあるといいですよね。迷うというのは自分と向き合う時間ですから。そうして個(自分)を大切にできると、他者も大切にできるんですよね。それでつながっていく方が優しくなれるし、とっても平和。

 

東さんのバイタリティはどこから生まれてくるのでしょうか。

今の社会は私自身も生きづらくて、不安だからだと思います。「Get in touch 」では、浅く広くゆるくつながって、誰も排除しない『まぜこぜの社会』をめざしています。老人や病人、障害者になった時に少しでも自分らしく生きられる方がいいと思って、まずは自分のために活動しています。それが結果として、世のため人のため社会のためになったらラッキーですが。

活動はサードプレイスとしても、気づきも学びもあるし、愉快で居心地がいいです。嫌なこともたくさんありますが、仕事や趣味とは違った面白さがあることは保証します。たかだか100年も生きられないのに、決まり切った場所だけで生きるって、ほんともったいないでしょ。だって知らないことだらけですもん。

 

「Get in touch」では、毎月1,000円からのマンスリーサポートも立ち上げたそうですね。

今まで「Get in touch」**はロードマップを描かず、資金もないけど目の前の企画に真っしぐら。マシンを組み立てながら爆走してきたんです。今はありがたいことにつながる人たちも増えましたし、リスクヘッジをしながら動くためにマンスリー会員制度***を立ち上げました。ご寄付があるからこそ活動できるという感謝を込めた報告交流会も予定しています。一緒に「まぜこぜの社会」の心地良さを実感してほしいです。

学校でも会社でも、ご近所づき合いでも、できることはたくさんあります。例えばお子さんが女の子で、「好きな男の子いるの?」って聞かれたら、「好きな子はいるのって聞いてくれるとありがたいです。今はまだ、この子が男の子が好きか女の子が好きかわからないですからね」と笑顔で返せると、そこからまたお話が広がりそうですよね。

理解を深めようとする人は情報を得てどんどん多様性の方向へ進み、シャットアウトしている人はどんどん逆行していく。そうなると分断が生じてしまうんですね。これをシャッフルしたい。私たちが変われば、学校や企業も変わり、制度も変われば、社会も変わりますよね。社会が変われば、制度も変わるかもしれない。そうやって変わってきた国もある。そして、「もう、Get in touch は必要ない!やったー!」って解散できたら嬉しいです。

最後に、SNSの活用で活動もスムーズになりました。終活のこと、死のことも、SNSも通じてカジュアルにフランクに話せるようになるといいですね。

**一般社団法人Get in touch:http://getintouch.or.j
***マンスリーサポーターについてはこちら:https://syncable.biz/associate/Getintouch/vision

 

東さんのお話から、死について考え、そして、より自分らしく生きることにつなげていく人も多いはずです。また、お母様が他の人からの評価から解き放たれて、自分を取り戻されたお話には、大いに勇気付けられました。今日はお忙しい中、ありがとうございました。

 

東ちづる_ニッポンの終活

 

東ちづる

女優。 一般社団法人Get in touch 理事長。

広島県出身。会社員生活を経て芸能界へ。ドラマから情報番組のコメンテーター、司会、講演、出版など幅広く活躍。プライベートでは骨髄バンクやドイツ平和村、障がい者アート等のボランティアを25年以上続けている。
2012年10月、アートや音楽、映像等を通じて、誰も排除しない、誰もが自分らしく生きられる“まぜこぜの社会”を目指す、一般社団法人「Get in touch」を設立し、代表として活動中。自身が企画・インタビュー・プロデュースの記録映画「私はワタシ~over the rainbow~」が順次上映。

著書に、母娘で受けたカウンセリングの実録と共に綴った『〈私〉はなぜカウンセリングを受けたのか~「いい人、やめた!」母と娘の挑戦』や、いのち・人生・生活・世間を考えるメッセージ満載の書き下ろしエッセイ「らいふ」など多数。

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