【終活映画】納得できる人生を、生き切ってみる『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』

夢のあとさき

人がどんなに工夫をして、歴史を積み重ねても、大きな自然の中ではほんの一瞬の出来事なのだと教えられたようです。限界集落に暮らす人々と、そこで花を咲かせ続けたご夫妻の話、「花のあとさき」を鑑賞してまいりました。コロナ禍のなか、緊急事態宣言が解除されての待望の映画の選択は、生きることがテーマになりました。

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この畑を山に還す

遠い先祖の時代から開拓をして住いを構え山の傾斜に畑を作って代々生きてきた人たちの住む村、この村の住民も高齢化によりやがてはその村を離れるという話は、日本のどこかで聞いたことがあるような話なのですが、この村には少し違ったドラマがありました。

高齢によりやがては畑ができなくなった時に、この畑を山に還すという言葉を使っていました。ただ単に人手が入らない畑が年月を経て自然のままに朽ちてゆくのではなく、花の咲く場所にして山に 還すというのです。

老夫婦は、少しずつ役割を終えて閉じた畑を中心に、50年間あらゆる花の咲く木を植えていました。映画はテレビドキュメンタリーの18年の歳月がまとめられており、元気だったころの二人の様子から映画は始まりました。

楽しそうに愛おしそうに、夫妻は丹精を込めて花の咲く郷をつくっているのです。

「安気するんだ」

妻の名前はムツさん。

この映画の主人公であり、彼女を取り巻く自然や集落の人々との関係が映し出されています。そんな彼女の言葉でした。とても安らかな表情で何度か出てきたこの言葉に惹かれ調べてみました。

安らかであり、心配事の無い落ち着いた様子といった感じでしょうか、とても素敵な言葉だなあと、記憶に残りました。私たちは誰もがその人生の中で、でこの安気する場所を探しているのかもしれません。

人が少なくなっても、変わらない普通の暮らしがある

過疎化が進み、どんなに人が少なくなっても、そこには毎日変わらない、普通の暮らしがあります。決してその日その日を暮らすのではなく、引き継いだものを大切にしながら、時代の変化を受け入れていました。先祖から伝わる村の神事を続ける数名の村人達の誰もが皆、都会で暮らす子供達に招かれます。

でもそれは村の誰もが望んでいることではなく、一時的なことで山を下りたとしても、やがてはこの村の家に戻ってきます。坂道も険しく農作業にも苦労をしながら、それでもここに安気を感じているようでもありました。

時を経てムツさんはご主人を見送ることになりましたが、その年の秋、この冬の雪から逃れるように一時的には息子の家に身を寄せながらも、冬を越えた頃にはまた山に戻ります。

手をかけることの無くなった最後の畑に、花の木を植えた時にはいよいよこの畑も山に還す時が来たと、彼女の覚悟を感じさせるシーンでもありました。と同時に最後の畑を山に還すという行為そのものに、自分自身もそろそろ山に帰ろうかと、そんな風に語っているようでもありました。

この映画の中では、苦労だとか辛いだとかいう印象を受けません、いわゆるその土地に住んでいる方々の普通の暮らしがあるだけであり、その暮らしの中のそれぞれの人生に楽しみがあるということを感じることができます。

名前で接する温かい関係性

もう一つ素敵なことがありました。

それは、映画の中でカメラを持った監督とのやり取りです。彼はその集落に時々伺いその変化や出来事を記録に収めるのですが、決して苗字で呼ぶことはありませんし、おじいさんとか、おばあさんではなく、名前で接します。ムツさん、公一さん、武さん、ヨネさんといったように、名前で呼びます。

私が心がけているのも同じです。歳はとってもひとくくりのような呼び方で接するのではありません。当然相手の方もこちらを認めてくれるのです。その監督の声の優しいことと言ったらこの上なく、この映画の重要な要素のひとつと言ってもいいでしょう。

そしてそれに応えるようにカメラがこの村を訪問するごとに、なんとも優しく接してくれる、ムツさんをはじめとした村の人々との温かい関係性こそが、この映画を観て感じる心地良さなのだと思いました。

大切なのは「しっかりと生き抜くこと」

何かに一生懸命に記録をしようとしたり、何かを残そうとする終活が花盛りの昨今、実はもっと大事なこととして、「自分の納得できる人生を、生き切ってみる」ということにも気付くかもしれません。コロナ禍も第二波が予想されるこの時期、三密厳戒態勢の映画館で感じたこと。大切なのは「しっかりと生き抜くこと」なんですよね。

ムツさんの植えた花はその後何年もつぼみを膨らませ、花を咲かせるのでしょう。花たちを「かわいいよう」と言っていたムツさんの声が、幾度となく聞こえてくる映画鑑賞でした。

今回ご紹介した映画 『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』

■タイトル:『花のあとさき ムツばあさんの歩いた道』
■公開表記:シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中
■配給:NHKエンタープライズ、新日本映画社
■コピーライト:©NHK
■公式HP:hana-ato.jp

語り:長谷川勝彦 監督・撮影:百崎満晴 プロデューサー:伊藤純
出演:小林ムツ、小林公一 他
2020年/日本/112分/16:9/カラー/ドキュメンタリー

この記事を書いた人

尾上正幸

(終活映画・ナビゲーター / 自分史活用推進協議会認定自分史アドバイザー / 株式会社東京葬祭取締役部長)

葬儀社に勤務する傍ら、終活ブーム以前よりエンディングノート活用や、後悔をしないための葬儀の知識などの講演を行う。終活の意義を、「自分自身の力になるためのライフデザイン」と再定義し、そのヒントは自分史にありと、終活関連、自分史関連の講演活動を積極的に展開。講演では終活映画・ナビゲーターとして、終活に関連する映画の紹介も必ず行っている。

著書:『実践エンディングノート』(共同通信社 2010年)、『本当に役立つ終活50問50答』(翔泳社 2015)

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