今は亡き母へ
母さん、あなたが亡くなって初めて手紙を書きます。どうか読んで下さいね。
あなたは人生の最後のあり方を私に教えてくれました。本当に立派でした。お疲れ様でした。
十四年前の正月過ぎに心不全を起こしたあなたは入院を拒否し、姉の介護を受けました。
茶の間に座っていて気分が悪くなった時、「(自分の)部屋に連れていってくれ。部屋の片隅でいいから家で死なせてくれ」と言った言葉が今でも耳に残っています。
愚痴を言わず、「苦しくてもこらえるよ」とがんばりました。
治療としては、往診の医師が来て点滴を一日に一回していました。
母さんが病床に臥せっている間、私は時々あなたの居る実家に行くだけで、これといったお世話もできず、本当にごめんなさい。
あなたが亡くなった後、見るもの、聞くもの全てが涙の種となり、めそめそしていました。
沢山のありがとうを言いたかった、大好きな着物を買ってあげればよかった、一度でいい、一緒に旅行に行きたかった、と後悔の念で一杯でした。
そんなある日、長男が大きな葉を持ち帰り「これを水を張ったお皿に置いてみて」と言いました。
一週間後、大きな葉の縁から二つの芽が出、それは大きな葉に支えられながらまっすぐに伸びています。この様子を見て、これは母子のありようを表しているのではと気付き、あまりにも如実に母と子の関係を示しているようで一瞬息が止まる思いがしました。
母さん葉は、やせた体で子どもを慈しむように抱き、優しく背中を押しているようです。
子ども葉は、丸っこく色白でつやつやしていますが、まだ根が出ていません。母を亡くした私たち姉妹のようです。
母さん葉は、母としての役割を十分に果たし、子どもに「早く根を出し、根づいて独り立ちしなさい」と言っているようです。
そう言えば、この植物の名前は、マザーリーフというそうです。
そうだ、いつまでもめそめそしていてはいけない、自分の足で歩いて行かなくては、と涙をきっぱりと拭い去りました。
もしかしたら、母さん、あなたは私の気持ちを奮い立たせようと長男にあの葉を託したのでは。
自立という元気と勇気をいただきました。本当にありがとうございました。
母さんが亡くなって間もなく十三年。
母さんへの労いと感謝の念を胸に、母さんの生きた八十六歳目指して、ゆっくりですが歩いて行きますので、見守っていて下さいね。
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。