今は亡き子どもたちへ
あの澄みきった秋晴れの午後、悪夢の様な日を忘れる事が出来ません。貴女が救急車で運ばれた病院で医師から伝えられた病名……「悪性脳腫瘍です。余命一年と思って下さい」
子供達はまだ五歳と二歳でした。
貴女の性格を良く知っている貴女の愛するダンナ様は、貴女に本当の事を伝えないと決めました。
でも、治療内容や、自分の病状をパソコンを開いて調べていた貴女は、自分の置かれた状況が厳しいものである事を感じ取ったと思います。
ずっと傍に居る私に「お母さんだけは私に本当の事を言ってね」と言いました。
私を信じている貴女に嘘をつき通す辛さ。癒えぬ事を知りつつ看護する辛さ。
貴女も小さな子供達と離れて、遠い病院で壮絶な治療に耐え、病魔と闘ってくれました。
日進月歩の医療を取り入れていただき一年と言われた命が五年に。
その間、沢山の思い出作りをしました。貴女のあふれる様な笑顔をたくさん心に刻み込む様、旅行もいっぱいしました。
最後まで、貴女は前向きに私達家族と接していました。それはきっと、貴女なりの精一杯の演技だったのでしょうね。
終末期に入り、ほとんど意識の無い中、にぎる指先に力が入りました。
かすかに動いた唇から「あ・り・が・と・う」という言葉が読みとれました。
それが貴女の最期の言葉でした。
三十九歳。運命とあきらめるにはあまりに早すぎる旅立ちでした。
貴女が逝って二年。私は貴女に本当の事を言ってあげられなかった事が、それで良かったのかどうか、今でも答えが出ず苦しんでいます。
「ごめんなさい」
お詫びに、貴女が一番心のこりであったと思う二人の子供達を、私の命のある限り守ることを約束します。
小さい頃から貴女は福祉の仕事がしたいと介護福祉士の国家資格を取得し、子供が幼稚園に行ったら……と言っていた矢先の発病でした。夢は叶いませんでしたね。
貴女の遺志を少しでも継げたらと思い、老体に鞭を打って、介護施設や地域のお年寄りの心と身体に寄り添えるケアサービスのセラピストの資格の勉強をはじめました。傾聴ボランティアに生かし、貴女の夢を少しでも分かち合えたら本望です。
この春、貴女の愛娘は小学校を卒業します。
卒業式にむけ、一生懸命「旅立ちの日」の呼びかけを空にむかって練習しています。
まるで天国のママに呼びかけている様です。
貴女の姿は見えない、声も聞こえない。でも、貴女はいつも私の中に生きています。
そしていつの日か、立派に成長した子供達の成長記録をお土産に、貴女のそばに行きます。
それまでもう少し待っていて下さいね。
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。