今は亡き夫へ
すぎし二年の月日は短しとも長しとも云え、お互いの希望と愛に輝いた事を感謝したい。
皇国の危難に殉じ戦場に赴く敢へて何の言をば残さん。お前達のこれからの道は、お前達の中に住む僕の心に照らして進むがよい。
防人は行年三十路の墓標にて
遺骨のなくて経読鳥鳴く 美子
遺骨も還らず、比島方面というのみで戦死の場所も時日も定かでありません。
出征後生れた娘は還暦を過ぎ、私は来る年には卒寿を迎えます。
貴男、悲しいときは楽しかった思い出の中に、苦しいときは心の中の貴男に尋ねて、遺影に手を合わせて生きて来ました。
夢で会う貴男は若く、私をわかってくれるかしらと思います。
娘は父を知りません。私の思い出話の中のその人を、父として自分の中に住まわせている事と思います。
仕草似る父知らぬ娘にその人を
語る今宵は七夕の夜 美子
戦いという歴史の中で、その現身は、三十歳の若さで私の前から遠いところへ逝ってしまいました。朝に夕に、貴男がここにいたらと思わぬ日はありません。どの様な日々を過ごしたであろう。吾が子を抱く事もなく、呼ぶ事もなく、その父たる人、その人を思わぬ日はありません。
桜が咲き若葉の緑野山を彩るとき、私も近いうちに貴男の側に行く事になると思います。
二十歳の私を思い出して下さい。そして二人して楽しい日々を過ごしたいと思います。
遺詠
我が吾子よ健しく居よと今はしも
思うばかりが切なかりけり
八十路越え遺影へ申す独言
今夜の夢で会いたく候 美子
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。