母の口癖

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今は亡き母へ

母さん。ふと心によみがえった母さんに手紙を書いています。

今日、孫たちが遊びにきました。母さんは見たことがない二人ですが、長男の涼は父さんにそっくりの太い眉をしています。長女の彩は母さんに似たふくよかな耳をしています。

冷たい風の中を公園へ遊びにいく子どもたちに、僕は声をかけていました。

「寒くないかい」

母さんが僕によくかけてくれた言葉です。

あれは母さんの口癖でした。暑さ寒さに関係なく、僕たち兄弟に風邪をひかせてはいけないと、母さんはしょっちゅう「寒くないかい」といっていましたね。思い起こせば、母さんにひどい口答えをしたことがありました。

高校三年生の僕は、毎日睡眠時間を切り詰めて受験勉強に打ち込んでいました。

母さんは、夜おやつを運んでくるたびに、朝自転車に飛び乗る僕を見送るたびに、「寒くないかい」と声をかけてくれていました。

あるとき、僕はブチ切れました。

「もう、うるさいよ。寒かったら自分でなんとかできるから、いつもいつも同じことをいわないでくれよ」

母さんは一瞬悲しそうな顔をして、黙って僕の部屋をでていきました。

僕はいらいらした子どもでしかありませんでした。母さんの愛情を分かっていながら、それに感謝の言葉をかえすのも気恥ずかしい子どもでしかなかったのです。

僕が大学に合格すると、母さんは声を出して泣きましたね。初めて見た母さんの涙でした。

母さんが僕のためにお百度参りをしていたのを知ったのはそのときでした。それを聞きながら、僕はお礼の一言もいえませんでした。

子どもを思う親の愛の深さを今ほど理解できていなかったのです。申し訳ないことです。

僕がどなってから、母さんはもう僕に「寒くないかい」といいませんでした。

ただ一度だけ、僕が社会人になってから、日本を離れて海外の駐在に旅たつとき、母さんは、

「寒くないかい」

と口にだしましたね。ちょっと照れた母さんの顔を忘れることはありません。

母さん、本当はもっともっと母さんの「寒くないかい」を聞きたかったんです。いくつになっても、母さんの懐に抱かれた暖かさを感じていたかったんです。

そのうち、そちらの世界で母さんと再会するとき、母さんが「寒くないかい」といってくれるのを楽しみに、僕はしばらくこちらで頑張っていきます。

孫たちにも、きっと僕はまた「寒くないかい」と声をかけることでしょう。

ところで母さん、天国は、寒くないですか。

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。

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