今は亡き母へ
死んでも親子やろ
お母ちゃん、しばらく思い出さずにごめんな。いろいろあって振り回されっぱなしさ。でも、お母ちゃんの記憶は頭の一番大事なとこに刻んでいるから、いつでも思い出せる。
俺の次男坊が家を出てった。何が理由なのか分からない。その後も音沙汰なし。大学を卒業する寸前に、何てことしやがる!って思った。その時、ガーンと脳随に衝撃が起きた。
何のことはない。俺の若い時とそっくりそのまま。俺も、お母ちゃんお父ちゃんにもダンマリで、こっそり家を出ちまったもん。
「お前の人生や好きにしい。そやけど居場所と何しとるか、お母ちゃんにだけでも連絡して来ぃー。死んでまうまで家族なんやからな」
居候した友人の家をどうやって見つけたのか、お母ちゃんは手紙をくれた。あとで聞いたら、友達にしつこく聞きまわったんやな。負けた。だから返事した。親の因果は子に報うっての、本当だよ。あいつ、いつか俺みたいに気づくかな? 頼むよお母ちゃん、情けない息子の代わりに、あいつを見守ってくれよ。そして改心させてくれよ!頼りにしてええやろ。
お母ちゃんのこと思い出したら甘えてしまう。そりゃそうや。俺が非行に走っても、絶対に見離さず優しさで包み込んでくれたの、お母ちゃんだけや。人並みに結婚し家族を持てたのも、お母ちゃんのおかげやで。
そんなお母ちゃんのミイラみたいに干からびた姿を見た時、「嘘やんか!」と思わず叫んだ。家を長く離れてて知らなかったんだ。
(お母ちゃん、死ぬなよ、俺がおるのに)
亡くなる前夜。ベッドのそばでお母ちゃんと二人きりの時間を送れたの偶然じゃない。お母ちゃんの仕業やろ。しわくちゃの手をさすり、荒い息のお母ちゃんと顔を見あった。親不孝な息子に何か言いたかったんやな。でもお母ちゃんは、夜中じゅう「ゼーゼー」が続き、何も言えなかった。俺に最後の小言を言いたかったのに……!そうだろ。
ふっと気が緩み眠ってしまった俺が、誰かに起こされた時、お母ちゃんの命は尽きていた。いまだに後悔してる。
俺六十七歳。もうすぐ会えるよなあ。俺、頼りないから、ちゃんと道案内頼むわ。そして何を最後に言いたかったのか、きちんと教えてくれよ。馬鹿な俺に分かるようにな。
ああ、いい人生だった。すべてお母ちゃんのおかげ。だから、俺がちゃんと伝えたかったこと、いまハッキリ言っておくぞ。
「お母ちゃんの息子でよかったよー!」
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より
「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。