母さんが天上してから十五年。おれも爺さんになった。今日は小っ恥ずかしい報告だけど聴いてくれよ。

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今は亡き母へ

白髪の誓い

母さん、天界ではどんな暮らしをしているのかな? 早いもので、もう母さんが天上してから十五年が過ぎたよ。おれも二年前に古希を迎えてお爺さんになってしまった。今日は小っ恥ずかしい報告だけど聴いてくれよ。

あのころは無二無三の連続だった。回りの反対や忠言にも耳を貸さず、仕事を持つ五十代半ばの男が五年間、たったひとりで母さんの在宅介護を遣り遂げることができた。おれが小学生のとき、母さんは放蕩の限りを尽くしていた道楽者の父に別離を告げられてから困窮の中を和裁の内職でおれを成長させてくれたんだ。

そんな絆と情愛の中で養育してくれた母さんをどうして施設になんか入れられるんだよ。いままで受けた温情の一万分の一でも返せることに安堵していたんだ。

だから、そんなに大層なことをしたと思わんでくれ。親子だったら普通のことじゃないか。おれも母さんが天上してから暫くの間は張り詰めていた緊張の糸が切れて、戸惑いと孤独感に襲われた。

早世した妻の紫織の遺影に語りかけたり、遠方に嫁いだ娘の迷惑も考えずに受話器を握りしめていた時期もあったさ。でも、介護のために遠離っていた観光協会のボランティアガイドに参加するようになってからは、疎隔の気持ちも消えて生き甲斐を感じられるようになったんだ。

そして母さん、今更その歳で何だと腰を抜かすかもしれないが、おれも縁があって再婚することができたよ。世間の噂も様々だったが、古希を過ぎた男が二十三歳も若い彼女と連れ添ったという出来事は、小さな田舎町を驚かせるには格好の話題だった。

そんな珠江とは八年来のボランティア仲間で、いつも相棒のように寄り添いながら愛を育んできたんだ。互いに歳の差を意識することもなく、将来を語り合うようになっていた。「必ずやお前を幸せにするとは約束できないが、永遠に愛し続けることは誓うよ」と少し照れ臭かったが、これが口説きの文句だった。

彼女は仕事を持ちながら献身的におれを支えてくれる。ときには老人扱いしながら食生活に気遣ったり、生活環境の改善に関心を示している。惚気るようで決まりが悪いけど、とっても幸せなんだ。そして母さんも温かさを実感しているだろうが、彼女は仏壇や墓地の世話もしてくれている。

だから、おれのことは心配しないで天界での修行に励んでくれよ。また星空を眺めて近況を語るからな。母さん、いつも見守ってくれてありがとう。

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」より

「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」は、父母、祖父母、先生、友人、近所の人など。“あの人”とかつて一緒にいた時に言えなかったこと、想い出や、“あの人”が亡くなった後に伝えたくなったこと、感謝の気持ちなどを綴ったお手紙です。

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