日本では現在、多くの人が自宅での看取りを望んでいます。「人生の最期の時間を、医療器具に溢れた病院ではなく、住み慣れた自宅で家族に囲まれながら穏やかに迎えたい」と思うことは、人として自然な感情ともいえるでしょう。
しかし、自宅で最期を迎える人の割合について詳しく調べてみると、実は都道府県によって大きな差があります。望み通り自宅で看取られて亡くなる人が多い自治体と、そうではない自治体とにはっきりと別れるのです。
今回は、自宅で亡くなる割合が高い都道府県はどこか、なぜ割合を高くできるのか、という点について考えていきます。
自宅で亡くなる方の割合の推移
世界でも病院で亡くなる人の割合が高い日本
日本は世界的にみても、病院で亡くなる人の割合が高い国です。厚生労働省の資料によると、病院での死亡率はスウェーデンとオランダは約4割、フランスは6割弱であるのに対して、日本は8割以上に達しています。日本では自宅で亡くなっている人の割合は2割に満たず、大半の人が病院で亡くなっているのです。
かつては日本も、自宅で亡くなる人の割合が高い国でした。厚生労働省の「人口動態調査」によると、戦後間もない1951年当時自宅で亡くなる人の割合は約9割。病院での死亡率は10%未満にとどまっていました。
ところが戦後の復興を遂げて高度成長期に入り、日本の生活水準・医療水準が向上するにつれ、自宅で亡くなる人の割合は急速に減少。1960年代には6割、1970年代には5割を下回り、1999年には2割を下回りました。2000年代に入る頃には、死亡率は自宅が10%台、病院が80%台という状況が到来していたわけです。
自宅で亡くなる人の割合は上昇中
ただ、2000年代後半頃から、自宅で亡くなる人の割合は緩やかに上昇しています。『平成30年人口動態調査』によると、自宅での死亡率は2009年当時だと12.40%でしたが、2018年には13.70%となり、直近の約10年間で1.3ポイント増加しました。僅かではありますが、V字回復を見せているのです。
自宅で亡くなりたいという人の割合
近年、日本において自宅で亡くなる人の割合が増えている背景には、人生の終末期における医療・療養を、自宅で行いたいと望む人が増えているという実情があります。
厚生労働省の『平成29年度人生の最終段階における医療に関する意識調査』(全国に住む20歳以上の男女973人から回答)によると、「もしあなたが末期がんのような病状となった場合、どこで過ごしながら医療・療養を受けたいですか」との問いに対して、「自宅」との回答が全体の46.1%を占め最も多く、「医療機関」との回答は37.5%にとどまっていました。
同様の質問に対する回答を、5年前の平成24年度における同調査の結果で見てみると、「自宅」との回答は37.4%、「医療機関」の回答は47.3%。2017年までの5年間だけで、自宅での医療・療養を希望する人が8.7ポイント上昇し、医療機関の利用を望む方は9.8ポイントも低下しています。
医療機関には末期がん患者向けの緩和ケア病棟などもありますが、住み慣れた自宅で療養生活を送りたいと願う人の方が増えているのです。
さらに平成29年度の調査によると、先の質問に医療・療養を受ける場所として「自宅」と回答した方を対象にした「どこで最期を迎えることを希望しますか」との問いに対しては、「自宅」と回答する人が全体の70.6%を占め、「医療機関」は10.8%にとどまっていました(介護施設0.6%、無回答18.0%)。同年の調査では終末期の医療・療養を医療機関で望む人が37.5%いたことを考えると、医療・療養は医療機関で受けるとしても、看取られる場所はやはり自宅、と希望する人も相当数いると推測できるでしょう。
自宅以外を選んだ人も、その理由は「家族に迷惑をかけたくない」から
また、同調査では終末期の医療・療養を受ける場所、最期を迎える場所として「医療機関」または「介護施設」と回答した人に対して、「なぜ自宅以外を選択したのか」という質問を投げかけています(複数回答可)。
その回答割合をみると、最も多かったのが「介護してくれる家族等に負担がかかるから」という理由で、全体の64.7%を占めていました。つまり、医療機関や介護施設の医療体制・介護体制に対する信頼感・安心感からではなく、「家族に迷惑をかけたくない」という思いから自宅以外の場所を希望する人が多いのです。
そうなると、終末期の医療・療養を受ける場所・最期の場所として自宅以外の場所を選んだ人でも、本心は「自宅」なのに、家庭内の事情から仕方なく「医療機関」や「介護施設」を選んだ人が多いとも推測できるでしょう。この「本心としては自宅」と思っている人の割合を考慮すると、亡くなるまでの時間を自宅で過ごしたいと望む人の割合は、本当はもっと高いとも考えられます。
自宅で死ねる割合が高いのはどこ?
自宅で最期のときを迎えたいと望む人がこれだけ増えている現状において、実際のところ、自宅にて看取りを受ける割合が高い都道府県はどこなのでしょうか?
厚生労働省の『平成30年人口動態統計』における「死亡の場所別にみた都道府県別死亡数百分率」によると、亡くなった場所が「自宅」である人の割合が最も高いのは、「東京都」(18.6%)でした。2位は「神奈川県」(17.6%)で、以下「奈良県」(17.1%)、「大阪府」および「兵庫県」(16.7%)が続いています。
亡くなった場所の割合
順位 | 都府県 | 病院(%) | 診療所 (%) |
介護医療院・ 介護老人保健施設 (%) |
老人ホーム (%) | 自宅 (%) | その他 (%) |
1位 | 東京都 | 69.0 | 1.0 | 1.3 | 8.5 | 18.6 | 1.6 |
2位 | 神奈川県 | 67.8 | 0.8 | 1.9 | 10.0 | 17.6 | 1.9 |
3位 | 奈良県 | 70.2 | 0.5 | 2.4 | 7.4 | 17.1 | 2.5 |
4位 | 大阪府 | 71.9 | 0.6 | 1.7 | 6.9 | 16.7 | 2.2 |
5位 | 兵庫県 | 68.6 | 1.4 | 2.4 | 8.4 | 16.7 | 2.5 |
厚生労働省 平成30年人口動態統計より
一方、自宅で亡くなる人の割合が最も低いのは「大分県」(8.3%)。さらに、「宮崎県」(8.6%)、「佐賀県」および「熊本県」(9%)、「徳島県」(9.4%)と続きます。
全国トップの東京都と47位の大分県の間には、倍以上もの開きがあります。なぜ東京都では、自宅で最期を迎える人(看取られる人)の割合がこれほど高いのでしょうか?
そのことを考えるカギは、在宅療養支援に対応できる病院・診療所の施設数があります。
次の表は、厚生労働省の公表している「在宅医療にかかる地域別データ集」(平成29年データ/更新日:令和元年6月19日)をもとに、在宅療養支援病院ならびに診療所の施設数が多い都府県を上位5つ並べたものです。この表と先ほどの表と比較すると、自宅で亡くなった方の多かった都府県、上位5つのうち、4都府県が在宅療養支援病院ならびに診療所の施設数が多い地域の上位に含まれています。
在宅療養支援病院ならびに診療所、訪問看護ステーションの数
都道府県 | 病院・診療所 総数 | 在宅療養支援病院・診療所 施設数 | 訪問看護ステーション 施設数 |
東京都 | 506 | 427 | 1047 |
大阪府 | 405 | 341 | 1074 |
神奈川県 | 369 | 314 | 655 |
兵庫県 | 309 | 223 | 598 |
愛知県 | 266 | 206 | 601 |
厚生労働省 在宅医療にかかる地域別データ集(平成29年データ)より
さらに、1施設あたりの看取り件数もあります。人口に占める医療機関の割合が特別に高くない場合でも、1つの病院・診療所が対応できる自宅での看取り件数が多ければ、自宅で亡くなる人の数は増えるわけです。
厚生労働省の調査によると、全国の20万人以上の市区町村自治体において、在宅死の割合が最も多いのは「東京都葛飾区」(23.7%)でした(2016年)。
葛飾区において在宅死亡率が高い理由は、区内に毎年多数の在宅での看取りを行っている医療機関が立地しているからです。『週刊朝日MOOK』(2017年11月30日発行号)の「診療所の看取り件数ベスト10」によると、年間300件以上の自宅での看取り件数に対応している病院・診療所があるのは、全国で葛飾区のみ(2016年当時)。多くの在宅での看取りに対応できる病院・医療機関が多数立地していれば、それだけ、その自治体で自宅において看取られる人の割合は高くなるでしょう。
1つ病院・診療所で、どれだけ自宅での看取りに対応できるか・・・つまり、「在宅での看取りに対応できる病院・診療所の単純な数」ではなく、「在宅での看取りを多数こなせる能力のある病院・診療所の数」が、自治体における自宅での死亡率の高低に大きく影響しているわけです。葛飾区のケースから、東京都にはそのような力のある病院・診療所が多いと考えられます。
まとめ
戦後、自宅での死亡率が下がり、病院で亡くなる人の割合が増えていきました。しかし近年、「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」と考える人が増え、自宅で亡くなる人の割合が増加しつつあります。
都道府県別にみた場合、「自宅で死ねる」割合が最も高いのは東京都(2017年時点)です。東京都は、「65歳以上人口に占める在宅療養に対応できる病院・診療所数の割合」が特別高いわけではありません。
しかし、葛飾区のケースを踏まえると、自宅での看取り件数の多い、力のある病院・診療所が多く立地し、そのことが東京都の在宅死亡率の高さにつながっていると考えられます。もちろん、要因は他にも考えられるでしょう。しかしいずれにせよ、自宅での最期・看取りを望む人が全国的に増えている中、在宅死亡率の低い自治体は、高い自治体を見習う姿勢が必要なのかもしれません。