はじめてのお葬式ガイド
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真言宗豊山派大本山護国寺第五十三世貫首・岡本永司氏の本葬儀

2019年10月28日に91歳でご逝去された、真言宗豊山派大本山護国寺第五十三世貫首・岡本永司氏の本葬儀が、11月29日に東京・大本山護国寺(東京都文京区)の観音堂で行われました。

1927年に生まれた岡本永司氏は、1950年に東京・板橋区の長徳寺住職に就任。また護国寺に奉職し、院代補佐、執事などを経て、93年に貫首に就任しました。宗内では宗会議長や総本山長谷寺顧問、豊山派宗機顧問などを歴任。宗外では東京都仏教連合会会長、日大豊山高同窓会最高顧問、文京宗教者懇談会代表世話人も務めました。多趣味なことでも知られ、茶道や歌舞伎、能などの日本伝統文化のほか、囲碁や園芸などにも親しまれました。

葬儀当日は晴れ渡る空の下、多くの関係者や檀家が参列し、岡本氏との別れを惜しみました。葬儀の導師を務めたのは同寺の管長である田代弘興氏。施行は有限会社矢口葬祭(東京都文京区/代表取締役:矢口信男氏)です。

葬儀委員長・三橋洋之氏による告別の詞

葬儀委員長を務めたのは、檀家総代の三橋洋之氏。妻を亡くして埋葬先を探していたところ、ご縁があって護国寺を紹介されたことから岡本氏と出会いました。以来、墓参の際には必ず本堂を訪れ、岡本氏と面会するのが楽しみになったといいます。

「岡本貫主はどなた様にも温厚で、優しく、親しく接してくださるお人柄でした。後に檀家総代をお引き受けしましたのも、岡本貫首の宗教人としての見識と、人柄を深く敬愛していたことによるものです。仏教離れ、宗教離れと言われております昨今、岡本貫主は寺と檀家、住職と信徒の関係は深くつながることがもっとも重要なことと認識されていたことと思います。お檀家さんとのふれあいを大切になさる素晴らしい光景を見るたびに、真の仏教者としての貫首の姿にあらためて尊敬の念を深めました。貫首の存在がどれだけ檀信徒を力づけたことか。我々檀信徒にとってかけがえのないお方といまお別れせねばならない時がきました。非常に無念です」

真言宗豊山派宗務総長・星野英紀氏による弔事(一部)

岡本貫首は私ども豊山派に関係する者がこぞって尊敬し、敬愛してきた名僧です。貫首には宗派および総本山長谷寺のほとんどすべての重要な役職をお務めいただきました。高圧的で権威的な言動ではなく、柔和で温和、笑顔のたえない人格的輝きをもって対応していただきました。会議のなかではさまざまな意見が議員から発せられ、対立とまではいかずとも、収集にいささかの手間を要する場合があります。そうした場合に、岡本永司貫首は我々におなじみのあの穏やかな笑顔を浮かべなら、絶妙なタイミングで「いまのお話でよろしいのではないでしょうか」と述べられ、そのお言葉と同時に出席者全員が納得し、適切な結論に達するということを幾度も経験いたしました。まさに貫首のお人柄による力であります。貫首の一言は、私どもにとって無上の価値をもつお言葉でした。

岡本貫首はまさに真言宗豊山派の要であり、支えでありました。加えて貫主のご活躍は真言宗豊山派という集団の宗務行政にかぎられたものではありませんでした。むしろご趣味や幅広いご交友を通じてのご活躍がその特徴ではないかと思います。豊山派以外の宗教者との交流、樹木や草花の園芸世界へのご関心も深く、囲碁をよくなされ、茶道、能、歌舞伎などの日本伝統文化へのご関心を持ち続け、また、日本大学豊山高等学校を通じての教育界との交流、また相撲をこよなく愛されたことなど、いわば宗教文化人としての活躍も枚挙にいとまがありません。こうした貫首の多彩なご活動のひとつに、日本仏教会だけでなく、海外の宗教者との密な交流がありました。そのひとつが、豊山派海外布教の拠点であります香港居士林とのご縁であります。香港居士林は、戦前より護国寺さまと深いご縁がありました。岡本貫首はその伝統を受け継ぎ、その後も香港居士林と深い縁を結び続けておられました。

いまひとつ海外の仏教とのご縁で特筆すべきは、平成期に何年にもわたり続けられたチベット仏教会との交流であります。その頂点は、平成19年、4月から5月に行われたチベットスピリチャルフェスティバル2007であります。護国寺の広い境内全山を開放し、チベット仏教の一大祭典は砂曼荼羅の作成、瞑想、セッションの開催、仮面舞踏の講演、チベットカフェの開催など多彩なもので、数多くの人々が参加した大イベントでした。さらに同年11月、ダライ・ラマ法王が護国寺さまを直接訪問され、岡本貫首と親しく歓談されました。アジアの高僧2人のすばらしい出会いだったと思います。このチベット仏教との交流は何年か続き、日本のチベット仏教ファンに大きな影響を与えてまいりました。チベット仏教との交流はなかなかの困難をともなうものです。それは、チベットと中国政府との政治的緊張関係が直接影響をあたえることが多く、チベットとの交流を実現しようとする者にとって政治的関係が頭痛の種となるのです。こうしたなかで護国寺さまは、大掛かりなチベット交流を行ったことに、私はいささか驚異に感じられ、当時岡本貫首に「チベット交流によく踏み切られましたね。難しいこともおありでしょう」とお聞きしたところ、「そうなんですよ、チベット交流は護国寺としても本気で全力で傾注しているんです」と例の笑顔ながら毅然とお話になったことをいまでも鮮明に思い出します。貫首の温厚さの底に秘められた強い意志を知ったものでした。チベット仏教とのコラボレーション、香港居士林との長年の交流は、護国寺さま、岡本貫首がなされた燦然と輝くグローバルな一大貢献といえます。「護国寺さまのような大寺院だからできた」と簡単に言い切れるものではありません。貫首の高い見識とつよい決断力のたまものにほかならないと思います。

私は岡本貫首の訃報に接したとき、ひどい喪失感におそわれ、しばらく言葉を発することができませんでした。もとより、世の無常を認識することが我々宗教の第一歩であります。このことを私どもは十分に認識していながら、貫首のご逝去は我々をおののかせ、大きな不安に陥らせております。それは私どものいたらぬ智慧と修行の不足によるものでございますが、それと同時に貫首の偉大さを物語るものでありましょう。この厳しい現実をしっかり受け止め、真言宗豊山派のこれからに貫首からお示しいただいたさまざまな教えを思い浮かべなら、真言宗豊山派の将来に活かしてまいる所存でございます。

岡本永司氏の本葬儀 式次第

次 開会の辞(葬儀副委員長 益田信一氏)
次 四智梵語
次 歎徳文(大導師 田代弘興氏)
次 告別の詞(葬儀委員長 三橋洋之氏)
次 弔辞(真言宗豊山派宗務総長 星野英紀氏/湯島天満宮宮司 押見守康氏/MIHO MUSEUM館長 熊倉功夫氏/公益財団法人大師会会長 根津公一氏)
次 追悼の詞
  第十四世ダライ・ラマ法王テンジン・ギャツォ(代読:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所 代表 ルントック氏)
次 焼香
次 経
理趣経
次 如意輪観世音菩薩呪
  呪 オン ハンドメイ シンダマニ ジンバラウン
次 南無永司和尚尊霊
次 廻向
次 御垂辞(大導師 田代弘興氏)
次 謝辞(法類代表 長徳寺 岡本教雄氏/護国寺執事長 小林大康氏)
次 閉式の辞(責任役員代表 多門院 千守博文氏)

(取材:八木麻理恵)

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