【終活映画】隣にいるいつもの人がまた輝きだす映画『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』

初恋~お父さん、チビがいなくなりました

子どもたちがそれぞれに巣立だった後の年老いた夫婦二人だけの家は、妻を「おい」と呼び、外出時は玄関に立ち持ち物からコートまで身につける準備をさせます。家に帰ると靴下まで妻に脱がせるという、まさに昭和の亭主関白が生きている家でもありました。
当然ではあるのですが、背景や家などのセットも、一つひとつ本当にそこに住んでいるかのように夫婦の生活感にあふれています。そして驚くほどに年齢を重ねた生活を味合わせてくれるご夫妻を演じた倍賞千恵子さんと藤達也さん、このお二人の様子がユーモラスで、たくさんの共感をしながら引き込まれてゆくのです。

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人生の歴史を重ねると鈍感になってしまうこと

普通の生活というのはとてもと尊いものだと思います。
そんな尊い毎日でも、人生は歴史を重ねるごとに大切にしているものにも鈍感になってしまうようです。当たり前に存在することに、ついつい大切という言葉を忘れてしまうのかもしれません。それがこの映画の中の夫婦であり、お互いを思う気持ちだったようです。

亭主関白と言えば聞こえはいいのですが、映画の中で見てもなんとも献身的な妻の様子には、心が痛くなる思いすらするのですが、彼女にとってはこれも日常。無口な旦那の代わりに、彼女のそばにはいつも語り掛けることのできる相棒がいたのです。それが黒猫のチビです。ある日、妻のかわいがっていたチビがいなくなってしまいます。

彼女にとってはこれ以上の大事件はありません。もしやとチビの万が一を心配しながら必死の捜索は始まります。ところが、この時から二人のすれ違いを感じてしまう妻なのです。

家族という錯覚に気が付いてしまう時

家族というものは、お互いがわかりあっているという錯覚で支えあっている部分が多く、実はそれぞれに異なる思いを持っていたとしても、その感覚を埋めてしまうのが「暮らし」という空間や共に過ごす時間なのでしょう。ところが、この錯覚もふとした出来事で気が付いてしまうのです。

お互いが異なる思いや考えがあったという現実です。
「チビはもう帰ってこない、どこかで死んでるんだ。諦めろ」と言う夫の言葉に、妻は大きく傷ついてしまいます。もやもやと感じていたすれ違いに、大きな決断をするのには十分な言葉でした。

「お父さん、離婚してください」想像の通り、この言葉を聞いたここからの夫の慌てようもまた、映画の中の面白いところでもありました。

懐かしい風景もこの映画のワクワクのひとつ

この映画で得ることができるワクワクがいくつかあります。
若いころに妻が働いていた駅のミルクスタンドの存在もその一つ。慌ただしい中で、牛乳とアンパンを掻き込むようにして朝食にするサラリーマン。注文に応じて牛乳の蓋を開けてくれる彼女のところに、いつもやってくるサラリーマンが、夫でした。牛乳の蓋を開ける様子も雰囲気も、なんとも懐かしい風景を感じてしまいます。

さらに、母の危機を感じた二女の招集を受けて集まった三人の子どもとの夕餉(ゆうげ)の時間。テーブルの上ですき焼きを仕切るのは主の仕事。暫し鍋の肉を突きながら、「よし、いいぞ食え!」というおやじの号令でまずは兄ちゃんからと箸を出し始める様子。ああ、こんな風景あったなあ……と、そんな楽しみ方だけでも元気になる終活映画といえるでしょう。こんな食事でも、妻が箸を出すのは一番後なのです。

初恋~お父さん、チビがいなくなりました

妻からの離婚宣言。夫はどう変わった?

さて、この映画の中で最も大きな終活要素が自分史になります。
自分史はきちんと振り返ることでこれからのエネルギーにすることができるのですが、この振り返り方も大切なのです。
思い出をセピアカラーのように懐かしむのか?モノクロのように彩を失うのか?は、自分史の活かし方次第。きちんと振り返るというのはデータのような事実を言うのではなくて、その時の思いを今の自分から見た思いでどのように感じるか、どのように思い続ける自分史にするかという事が大切なのです。

妻からの離婚宣言を受けて、夫はどう変わったのか、その変化をぜひ堪能してください。
ミルクスタンドで出会い、何も言葉を交わすことの無かった二人は、後の偶然で見合い相手となり、結婚します。恋愛が成就したと思い続けていた妻に、「見合い結婚だ」と言い続ける夫のすれ違いのような人生だったのでしょう。

「一緒にいるだけで幸せだった」という妻。ミルクスタンドで惹かれた妻に何も言葉をかけることができなかった夫は、半ば自分の人生をあきらめて結婚することを決意して挑んだ見合いの席にいた女性が妻だったのです。互いに振り返り、その時のモノクロのシーンが一気に彩り豊かに変わってくるのです。

誰かと共感する自分史

こうやって自分史はきちんと思い出すのではなくて、誰かと共感するのです。

今ある自分から振り返ることが大事で、それがモノクロで無音の世界でも、振り返り方で彩り豊かな思い出に変わり、この先の力になるのだという実感を得ることができるでしょう。原作のタイトルに『初恋』と冠した映画のタイトル。映画鑑賞後にこのタイトルがジンワリと温かいものを感じさせてくれます。
選んだつもりだった人生も、誰かに選ばれた人生だったのかもしれない。普通って素晴らしいことなんだ。「人生がまた輝きだす」そんな風に生きる力が湧いてきそうな、見応えに溢れた映画でした。

初恋~お父さん、チビがいなくなりました

今回ご紹介した映画『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』

出演:倍賞千恵子 藤 竜也
市川実日子 / 佐藤流司 小林且弥 優希美青 濱田和馬 吉川 友
小市慢太郎 西田尚美 / 星由里子
監督:小林聖太郎
脚本:本調有香
原作:西炯子「お父さん、チビがいなくなりました」(小学館フラワーコミックスα刊)

新宿ピカデリーほか全国公開中
(C) 2019西炯子・小学館/「お父さん、チビがいなくなりました」製作委員会/配給:クロックワークス

この記事を書いた人

尾上正幸

(終活映画・ナビゲーター / 自分史活用推進協議会認定自分史アドバイザー / 株式会社東京葬祭取締役部長)

葬儀社に勤務する傍ら、終活ブーム以前よりエンディングノート活用や、後悔をしないための葬儀の知識などの講演を行う。終活の意義を、「自分自身の力になるためのライフデザイン」と再定義し、そのヒントは自分史にありと、終活関連、自分史関連の講演活動を積極的に展開。講演では終活映画・ナビゲーターとして、終活に関連する映画の紹介も必ず行っている。

著書:『実践エンディングノート』(共同通信社 2010年)、『本当に役立つ終活50問50答』(翔泳社 2015)

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