介護保険の適用対象になるなど、このところ介護ロボットが話題です。
装着することで身体の機能を補助してくれたり、高めてくれるウェラブルロボットは、超高齢化が進む日本の介護業界の中でも、従事者をサポートしてくれると関心が高まっています。
そんな中、特に注目をあびているのが、東京理科大学の小林宏教授が開発する“マッスルスーツ”です。
モーターではなく人工筋肉の力を利用することで軽く、安全で、効率的に力を出せるこのマッスルスーツ。
今回は、東京理科大学 葛飾キャンパスの研究室で、小林教授にお話を伺いました。
目次
マッスルスーツって何?
マッスルスーツというのは、ものすごく簡単に言うと、着るだけで力が強くなるスーツです。
人工筋肉が体の動きをサポートしてくれるので、重いものを持ったりするのが楽になります。
ゴムチューブをナイロンメッシュで包んだ人工筋肉は、圧縮した空気を入れることで収縮し、その力を利用して、身体の動きを補助してくれます。
腰に装着するだけで、人工筋肉の力とテコの原理で、30キログラム分の荷物を持ち上げられるくらいの力が出ます。
この辺のより詳しい原理と計算式については、小林教授が自ら書いて下さったメモでご確認ください。
すぐにパワーが出る標準モデルと、使いやすいスタンドアローンモデル
マッスルスーツには大きく、標準モデルとスタンドアローンモデルがあります。
空気圧で人工筋肉を動かす仕組みは同じですが、標準モデルは外部からコンプレッサーからチューブをつないで、気圧を送ります。
口から空気を入れる、あごでセンサに触れるなどして、スイッチを操作します。
強い力が瞬時に出せるのが特徴で、小型の専用タンクを着装すると、コンプレッサーがなくても可動します。
このほか、標準モデルよりややパワーの小さい軽補助モデルもあります。
一方、スタンドアローンモデルは、スーツの内部から力を発生させます。
あらかじめ人工筋肉に空気圧を入れて密閉しておくことで、装着した人の上半身の動きに合わせて力を発生させます。
外部からのコンプレッサーやスイッチの切り替えが一切必要なくなるという仕組ですが、一定の時間ごとに空気を入れて圧力を高める必要があります。
使用目的に合わせて、選べます。
20キログラムの水を軽々持ち上げられました!
せっかくの機会なので、着装させていただきました。
と言っても、背負ってベルトをとめるだけ。
重さは標準モデルで6.6キログラム、スタンドアローンモデルは4.7キログラム。全然、負担は感じられませんでした。
サイズは、フリーサイズとSサイズの2種類があります。
「よいしょ」っと掛け声をかけるまでもなく、用意していただいた水、20キログラムが軽々と持ち上がります!
これはすごいです!
背筋がピンと伸びるような感じです。
マッスルスーツが癖になって「外せなくなると怖いな……」と思うくらい、楽でした。
「生きている限り自立した生活を実現したい。」
マッスルスーツの開発について、小林教授は「動けない人をなくしたいと思って、身体を動かす装置の開発をはじめた」と説明します。
今でこそ介護業界からも注目されていますが、開発の過程では特に介護にこだわっていたわけではないようです。
小林教授がマッスルスーツの開発をはじめた2000年ころは、人型の歩行ロボットや小型ロボット、犬型のロボットなどが華々しくデビューしたころでした。
でもこのロボットたち、歩行ができても手に持てるものは200~300グラム程度だったり、動きをプログラムしていかなければならなかったり。技術としては面白いけれど、生活に役に立つのか? という疑問を感じました。
「本当に人の役に立つものを作りたい」。でも、単純に「人間にとって役に立つこと」を考えるのではなく、反対に「人間にとって一番嫌なことは何か?」を考えました。
「パートナーがいない」とか「お金がない」とか、数ある“嫌なこと”の中でも、「体が動かなくなってしまうこと」が一番辛いことだと結論付けました。
この“嫌なこと”を取り除くことができれば、人の役に立つことができる。
こうして、「誰でもが自分で動けるように」と、マッスルスーツの開発が始まりました。
「生きている限り自立した生活を実現したい。」
小林教授のこの想いは、マッスルスーツの販売を手掛ける株式会社イノフィス(東京理科大学発ベンチャー)の理念にもなっています。
もっとも苦労したのは、軽くて強いボディーを作ること
やはり強い力が出るので、ボディーの開発には苦労がありました。
片側だけでも2本の人工筋肉が入っており、400キログラムの力が常にかかってい状態です。頑丈さを追求すればいくらでも頑丈なものはできるけれど、「人が背負って動く」ということを考えると、軽くなければなりません。
軽くて、頑丈で、なおかつ人間の動きを妨げずに滑らかに動かせる。
その構造を作るのに苦労したといいます。
現在のボディーはアルミ製で、厚みは1.6ミリメートルしかないのだそうです。
リハビリの現場でも活用が進むマッスルスーツ
マッスルスーツの利用が広がった世界をイメージすると、下の図のようになります。
仕事で使う人もいれば、病院で使ったり、子育てなんかにも範囲は広がります。
事実、マッスルスーツは、腰のサポートだけに限定されるものではありません。
体の全身が対象になっています。
現在、腰以外の部分でも、例えば腕や、歩行のサポートをしてくれるマッスルスーツがあります。
さらに、自分でできるトイレの開発も進められています。
「人間の尊厳を守る上で、排せつを自分でできるということは大事。立って歩くこと、自分で排泄できること、そうしたものを開発しています」と小林教授。
最終的な目標は、誰もが動き続けられるようになること。
寝たきりには絶対にさせない。
健康な人であろうがなかろうが、とにかく体を動かすことで困っている人に、必要としている部分をサポートしてくれるスーツを用意することで、誰もが自由に動ける世界にしたいと語ります。
実は、昨年の夏ころからは、リハビリでの利用も進んでいるそうです。
例えば歩行のリハビリ。
自分の力だけでは歩けなかった100歳のおばあさんが、マッスルスーツを利用してスクワットをしたり、1週間に1度、15分くらいのリハビリを3回行うことで、外を歩けるようになったそうです。
このほか、高齢で何年も片足が動かなかった方、正座ができなかった方の動きが改善されたり、若い人でもスポーツで痛めた足が動くようになったり。
現在、ディサービスや整骨院などと協力して、研究を重ねているそうです。
効果が表れる理由については、まだはっきりしたことはわかりませんが、「怖くて動けないと思い込んでいた部分の動作をマッスルスーツのサポートによって『動ける』とわかった時、脳がそれまでかけていたリミッターをはずし、身体が動くようになるのではないか?」と考えられているそうです。
アルプスの山奥で暮らす少女のお友だち(青っぽい服のイメージ)が、車椅子から立って歩けるようになったのと、ちょっと似ているかもしれません。
いかがでしたでしょうか?
介護のお仕事をされる方だけではなくて、介護を必要としている人もサポートすることで、皆が元気に暮らせる社会を目指すマッスルスーツ。
今のところ、企業や施設向けの扱いのみのようですが、近い将来、一般の家庭でも利用できる日が来るかもしれませんね。