主演女優グレン クローズのみせる表情、この微妙な変化に翻弄され魅了され続ける作品でした。
映画は、ノーベル文学賞の受賞を知らせる電話から始まりました。その知らせを二つの受話器で同時に聞く老夫婦二人、ベッドの上ではねて喜ぶほどの念願の受賞だったのと同時に、この栄誉が二人の成果として喜んでいる様子を自然に感じることができるシーンでした。
夫に寄り添う妻と、妻に依存する夫
夫ジョゼフは、常にもぐもぐ何かを口にしては妻に注意をされる始末、これまでの度重なる浮気がたびたびトラブルの原因ともなっているような人でした。その生活は大きく妻に依存しており食事はもとより、常用薬の時間の管理から、対人に対する話し方態度なども注意されます。
息子からは偉大な父でありながら自分を評価してくれない人でもあったようで、たびたび息子の見せる反抗的な態度が不満の父親でもありました。
その妻ジョーンは、天才作家に常に寄り添い支え、子供たちを思う、まさに内助の功と言ったような献身的な様子を見せてくれます。しかしながら、夫の奔放すぎる正確には少々困惑しているような様子をも見せることがあります。常に寄り添われている夫はそんな妻の感情を感じないままの今日がありました。
受賞の知らせからストックホルムで表彰を受けるための飛行機の中、そんな二人に伝記ライターのナサニエルが登場します。彼はある仮説を立てて、その裏を取るべく二人に接触を図ります。才能豊かな学生の頃のジョーンの作品を読み、結婚前に書かれたジョゼフの小説の完成度を知り、その仮説は確信になってジョーンに迫るのです。
その昔ジョゼフとジョーンは教授と生徒という関係で、ジョゼフにはすでに妻も子供もいたのですが、二人はそれぞれの才能にひかれ、やがては結婚をするというジョーンにとっては略奪愛だったと感じさせる回想が、断片的に映し出されます。
なるほど深い愛情を感じるのもうなずけるぞと、40年後の二人の仲の良い様子も合点がいくのです。と同時に、彼の才能を開花させるためのジョーンが行ってきた校正作業がやがては彼女が主体となり、そうやって彼女の書いた小説が、夫ジョゼフの名前で世に出ているという現実に代わっていたのでした。
夫が妻を称賛する言葉はどう変化している?
映画の中で、ジョーンの表情が明らかに変化するシーンが三つあります。
ノーベル賞受賞を知って最初に開かれたホームパティの場面、夫が家族と並び挨拶をするシーンでは、「この妻がいなければ、私の存在はなかった」と言います。
この時のジョーンの幸せそうな表情は、映画鑑賞の後で振り返っても、それはそれはとても幸せそうな表情が思い出されます。
ところが、ストックホルムに到着したのちの記者会見で、受賞の賛辞の中で、夫は妻への感謝の言葉は言いましたが、「彼女に小説は書けないよ」という一言を明確に答えます。
この時にジョーンの中で何かが大きく変わっていたのかもしれません。その落胆が表情に現れます。
そして、息子にもその真相が知れた後の表彰式の晩さん会での事、この時の妻への称賛の言葉は、まるで関係を取り繕うようにして、「自分の成果ではなく、妻の日頃の成果だ」言います。
ここで「二人の」という言葉が無くなってしまいました。
それは彼の贖罪の気持ちの表れでもあったのでしょうが、むしろジョーンの中では最も心に響かない言葉になってしまったようでした。そのまま晩さん会会場を飛び出してしまうのです。
夫婦の突然の別れとは
口論の末にジョゼフにいたたまれなくなったジョーンは、帰国後の離婚を口にしてホテルの部屋を飛び出そうとしたのですが、ジョセフが胸を押さえ苦悶します。突然の心臓発作にジョゼフは倒れ、ジョーンが必至の叫びで彼を呼びとどめようとするのです。
「愛している」という彼女の呼び掛けには、「この嘘つきめ」と冗談を返したようにしながら、彼女の叫びも及ばずジョゼフはホテルでの最期を迎えます。
さて、最後にかわされた二人のやり取りとは、ノーベル賞と言う称賛を受けたジョゼフの作品はやはりその大半がジョーンの作によるものだったようです。それでも彼女はすでに小説家としての興味もなく、その称賛も求めてはいなかったのです。
その最初の動機こそ作家志望の彼女が恩師であるジョゼフと離れたくない一心でした事でしたが、その後の人生においてはジョゼフの浮気が発覚するたびの怒りこそがモチベーションとして昇華した形が小説となったのでした。
当然ながら、小説が表彰されることは嬉しかったのでしょう。
ところが、その都度自分自身に向けられた賛辞こそが裏腹であり、つらい思いが湧き上がったのかもしれません。そしてその思いを込めた小説の評価だったのですが、最後に裏切られたような感覚を受けたのが晩さん会での、ジョゼフのスピーチだったのでしょう。
こんな二人でしたが映画冒頭のむつみあうシーンや、孫の誕生を電話で聞き抱き合って喜ぶ様子などは幸せいっぱいな二人でもあります。どこかで見たような、どこにでもあるようなそんな夫婦関係ともいえるかもしれません。
長年色々なことがあったが、今は昔のこととして消化されたような、そんな風に愛情豊かな二人の関係がしっかりと感じられるのです。
まとめ
もしかしたらノーベル賞などなかったのなら、ずっとこんな幸せが続いていたのかもしれません。
長い人生を共にする人とは、分かり合えてない火種はどこにでもあるのかもしれないとも感じられました。分かり合っているようでいてやはりコミュニケーションは常に前向きに考えろとでも読み解きましょうか、男性は心してみるべし、そう言えるかもしれません。
人生の終焉ではなく、今をどう生きるというテーマでぜひ見ていただきたい終活映画です。
帰りに飛行機でナサエルからお悔やみの言葉を受けたジョーンでしたが、これを笑顔で受け止めていいました。
「ジョゼフの伝記を書いたら名誉棄損で訴えるわよ」
言葉もなく引き下がるナサエルから息子に目をやり、「帰ったら話すことがあるから」と伝えるのです。
女性一人の心の動きにハラハラしながらのストーリーに、極上の時間をいただけたような映画でした。
今回ご紹介した映画
公開:2019年1月26日
監督:ビョルン・ルンゲ
出演:グレン・クローズ、ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレーター、マックス・アイアンズ、ハリー・ロイド、アニー・スターク、エリザベス・マクガヴァン
この記事を書いた人
尾上正幸
(終活映画・ナビゲーター / 自分史活用推進協議会認定自分史アドバイザー / 株式会社東京葬祭取締役部長)
葬儀社に勤務する傍ら、終活ブーム以前よりエンディングノート活用や、後悔をしないための葬儀の知識などの講演を行う。終活の意義を、「自分自身の力になるためのライフデザイン」と再定義し、そのヒントは自分史にありと、終活関連、自分史関連の講演活動を積極的に展開。講演では終活映画・ナビゲーターとして、終活に関連する映画の紹介も必ず行っている。
著書:『実践エンディングノート』(共同通信社 2010年)、『本当に役立つ終活50問50答』(翔泳社 2015)