真言宗の葬儀で読まれる理趣経とは

2018年11月8日

主に真言宗で使用されることの多い理趣経(りしゅきょう)ですが、その経典の中身には他にはないさまざまな特徴があります。

特に有名なのが男女の性に関わる句ですが、その他にも煩悩に対して肯定的であったり、読誦をするだけで功徳があったりというありがたいものでもあります。

一方、曲解をすると危険な経典ともされていて、一般在家には読経が禁じられていた過去もあります。ここでは、そんな変わった経典である理趣経について解説をしていきます。

「金剛頂経」という大乗仏教が作成した密教経典の中の「理趣広経」を漢訳したものが「理趣経」です。理趣経は「般若理趣経」や「百五十頌般若」とも呼ばれており、般若の名前がつく通り、般若経典の一種です。主に真言宗派によって使用されることが多いのですが、般若心経を読む会などでは、他宗派の僧侶が読誦(どくじゅ:声をだしてお経を読むこと)することもあります。

 

理趣経は、1~17の章から構成されており、そもそも人間は汚れた存在ではない、という思想が根本にある経典です。本文には、読誦をすることで功徳が得られるという記載があるなど、仏教の経典の中でも他にはない特徴があります。そのため真言宗は元より、他の宗派の曹洞宗や天台宗でも、「理趣広経」の訳本の一種である「理趣分経」が使用されています。

「この経典を読み上げている時に風にあたると病気にならない」という信仰や、「読誦をすると病気除けになる、収入が増える」といった話が流布するなどして、民間の間でも親しまれてきました。

仏教の中でも珍しい記述がある経典

理趣経は、他にはない特徴があります。特に有名なのが十七清浄句です。この部分では情交やさまざまな欲望に対して肯定的な記載がされています。これらは不浄なものではなく、そういった欲望によって人間が間違えた方向に行ってしまうのがいけないことなのだ、誤った道へ行かずに悟りへの道に精進をするべき、という旨の文章があるので、単に性を認めた経典ではありません。

しかし、この性の部分だけが過大解釈され、情交や欲望を正しいとする経典と勘違いされてしまうことがあります。

 

昔は高野山で修行した僧侶だけが理趣経を読誦することができました。そのため在家がこの経典を理解することを厳しく禁じており、読誦をする際にも音を聞いて語の意味を理解できなくするために、一般的な経典の読み方ではなく漢音読みで行っていました(政府の命令により漢音を使用しているという説もあります)。

例えば金剛を、「きんこう」と読み、清浄を「せいせい」と読む、といった形です。如来は通常「にょらい」と読みますが、理趣経では「じょらい」と読みます。

理趣経が引き裂いた、最澄と空海の仲

天台宗の開祖である最澄は、真言宗の開祖である空海に弟子入りをして密教を学びました。天台宗の教えを確立させるため、最澄は空海から幾度となく経典を借りていました。

空海も最初は快くそれを許していたのですが、「理趣経」だけは、最澄の要求を断ったとういきさつがあります。

空海は書簡で、最澄に「理趣経は、体験を通じて初めて理解できるものであり、文字だけで理解をすると誤った解釈をされてしまう可能性がある。しっかりと学びたければ高野山に来て3年間、1対1で学ぶように」といったのです。経典に書かれてある文字だけで密教を理解しようとしていた最澄に対して、空海はそれでは密教の教えに反すると伝えたのです。

密教においてもっとも重要なのは、書物には決して書かれていないことを直接、師から弟子へ伝えられて初めて理解できるということで、書物からの学びだけでは本当の教えは理解できないというのが空海の考えでした。

 

これをきっかけにして2人は絶縁していくことになりました。それでも密教の教えを大事だと考えている最澄は諦められず、弟子である泰範を空海のもとに送りますが、最終的には泰範は高野山に留まります。泰範は空海を一生の師とし、最澄のもとに帰らなかったのです。

 

また、理趣経は、男女の交歓自体が仏の道に通ずるという教えを流布する「真言立川流」という宗教を作ってしまった過去もあります。この宗教は、当時の権力者であった宥快(ゆうかい)などによって邪教とされ、弾圧されやがて壊滅してしまいました。

真言宗で日常的に利用されている経典

真言宗では、理趣経の正式名称を「大楽金剛不空真実三摩地耶経・般若波羅蜜多理趣品」といいます。これはその名前の通り、「大きな楽しみは金剛である、空しからざる真実である、悟りの境地に至る」という意味合いがあります。ここでいう楽しみというものは一般的な感情に起因する楽しみではなく、宇宙全体がよくなるように、という楽しみを説いたものです。そして、「金剛である」には菩薩心が強固なものだという意味合いがあります。

 

後半部分にある「般若」は智慧、「波羅蜜多」は迷いから悟りを開く、「理趣」には道理(転じて正しき道)、「品」には章という意味合いがあるので「智慧により迷いから悟りを開く正しき道の章」という翻訳ができます。

 

これらをまとめると理趣経は「金剛のように固い菩薩心は智慧の完成に至る道を説き、それは真実の悟りの境地となり、宇宙全体がよくなる」という経典ということになります。

葬儀の際にも使用される

お葬式にもよりますが、真言宗では枕経やお通夜などで理趣経を読経します。戒名を授けた後に読経されるのが一般的で「金剛菩薩により煩悩が浄化され、真実の智恵に照らされること」を説きます。その後に「舎利礼文・光明真言・陀羅尼」なども読み上げられます。

まとめ

真言宗派に葬儀を依頼した際は、理趣経を聞く機会があるかもしれません。そんな時は、さまざまな歴史や意味について思いを馳せてみてはいかがでしょうか。これから葬儀の取り行いをお考えの方、葬儀社をどこにするかお悩みの方、またお坊さまや会場の手配に迷われている方は、どうぞお気軽にご相談ください。ご葬儀のご相談からお手配まで、心を込めてお手伝いさせていただきます。

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