「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

父への手紙

父さん、ありがとう

照井 良彦(埼玉県北足立郡)72歳

真冬の夜の重なり合う山々に木霊し合う怪獣の唸りを思わせる風の音。家の周りには二メートル以上の積雪。
父さん、そんな奥羽山脈の奥地の生活も、今想えば味わい深いものでしたね。
そんな夜、母さんが夕食の後片付けをしている時、父さんは三歳違いの兄さんと私に、自分の子供の頃の話や、行商していた当時の苦労話等よく話してくれましたね。
そうして話の締めくくりは、決まって「剃刀のように切れなくてもいい。鉈のように丈夫な身体を作りなさい」と話されました。
それは病弱ながら頭の良い兄さんと、頭が悪く、そのうえ元気過ぎて喧嘩や木登り等で生傷の絶えない私に向けたものでした。
思えば、当然のことながら、母さんは、そんな兄さんをとても大事にしておられました。
それだけに、子供の私には、そんな父さんが大好きでした。
ところで、母さんが亡くなってから、父さんは毎年、岩手の寒い冬を逃れて、関東の我が家にやって来ては、一ヵ月以上も泊まっていかれましたね。
そうして、妻と一人娘を交えての四人の会話は、時間を忘れるほど楽しく盛り上がりましたね。
そんな時、父さんは「この家に来ると、いつも若くなる感じがするよ」と話しておられました。
私達家族三人は、三十年ほど前の父さんを想い出しては、懐かしい気持ちで語り合っておりますよ。
ただ残念に思うのは、父さんが「家を建てる時の頭金にでもなれば」と言って、渡されたお金で建てた家の完成を間近に控え、父さんが倒れられたことです。
亡くなるまで私達を気遣ってくれた父さん。本当にありがとうございました。
父さん、我が家はね、昔父さんが来られた当時と変わらず、平凡ながら平穏な毎日です。
ですから、心配はしないでくださいよ。
それから心配性の母さんにも、よろしくお伝えください。
ではまたお便りします。ごゆっくりお休みください。


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