「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

父への手紙

お父さん、ありがとう

紺谷 美保(福岡県北九州市)63歳

お父さん、私はお父さんと、どのくらい一緒にお喋りしたでしょうか。
お父さんの記憶というと、小さい頃おんぶされて見たお月さまがまん丸で、お父さんがほろ酔いで、体が右に左に揺れていたことを思い出します。それから小学生の頃、すいか畑ですいかを一緒に食べたこと。
中学、高校生になると、横暴でお酒飲みのお父さんが嫌いで寄りつかなかった。
二十歳で嫁ぎましたが、電話にお父さんが出ると、“お母さんに代わって”と、当然のごとくに言いました。
お母さんが話す“お父さんはお酒ばかり飲む、お父さんは昔女遊びをした、お父さんに殴られた”お姉ちゃんも私もそれを教科書に育ちました。
もちろん、そんなこともあったかもしれないけれど、今なら、お父さんの不器用さ、自分を表わすことの下手さとか孤独を、少しはわかってあげられたかもしれないのにと思います。
“お母さんと一緒は少しきつかったかもね”と、苦笑いできたかもしれないのにと思います。
私は高校を出て浪人し、大学入学を前に結婚すると言い、予定どおりに反対され、その後予定どおりの離婚さわぎもしました。
自我ばかり強くて自分も回りも苦しめました。
少ない会話の中でお父さんが言った“作物を作ることによって日本の国土を守っているから、百姓が一番偉い”という言葉は不思議に心から離れず、思い出すと、いつも背中がしゃんと伸びる気持ちになりました。
農業委員とか、仲人とか、いつも人のために走り回っていたお父さん。
二十代より三十代、四十代より五十代と、自分が年をとるにつれ、時間のあぶり出しのように、だんだんお父さんのことが解ってきました。
父親はせつないものだと、このごろ夫を見て思います。
昔、子供の頃、おばあちゃんが言っていた“親孝行したい時には親はなし”という言葉を、遠い子守り唄のように思い出します。
お父さんと、ポツリポツリ、何ということもないお喋りをしてみたかった。
私を生んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。
お父さん、大好き!


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