「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

妻への手紙

三年の約束

増渕 武(栃木県宇都宮市)66歳

来世で妻と再会したのなら、
「あれからずーっと独り身で暮らしていたの」
必ず疑いの目を持って尋ねるでしょう。
妻は「家族の平穏無事を考えて、三年間は妻帯せず穏忍自重した生活を送るのよ」と後に残す私を心配して言った。
ご近所でもその様な事情が有って、後妻の女性と子供との折り合いが悪く、家族の絆が破綻し、絶縁状態になったと言った。
「一緒になる女性は幾らでもいるから、焦らないで、三年間は我慢してね」と諭された。
四十一歳で進行性子宮頸部癌を発症し、全摘手術を施され、十六年にも及ぶ闘病生活に力尽き、享年五十七歳で黄泉路へと旅立った。
何時か、必ずこの時が来ると覚悟はしていても、辛く哀しい別れとなった。

三回忌法要の準備でお寺を訪ね、住職と雑談をした。
「今はお独りですか」と尋ねるので、妻との約束の話をすると、住職曰く、
「残った者の悲哀が、逝く者にとっては至福で安心感なのですよ」
住職はそう言いながら、「奥様の御主人に対する深い愛情で一種の方便ですよ」と笑った。
「子供が独立し別所帯の場合は、残った親への生活には干渉せずドライですよ」と言った。

友人達が生活に不便だから後添いを貰えと写真を持ってきたが、三年の約束を守り固辞したので立ち消えとなった。
今ではダイヤモンドや宝石を探すことより難しくなっている。
私の人生此れで良かったのか、と自問自答する日がある。
時折そっと忍び寄る寂しさに挫けそうになり、己の弱さや脆さを痛感する。また男としての煩悩との葛藤もあり、心の狭間で揺れ動く。
住職の言葉は目から鱗であった。
死に赴く者の儚い想いか、それとも死に際して尚且つ、家族を守りたいという女心だったのか。
妻の胸中は誰にも分からない。
「長い間頑張ってくれたね」
来世で必ず感謝の言葉を伝えたい。三年の約束も守れたと。


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