「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

母への手紙

心配症の母さんへ

末吉 美恵子(福岡県北九州市)66歳

「アカ―、アカちゃーん」
母さん、猫を抱いた写真の中から、今にも聞こえてきそうな気がしています。遊びに出たまま帰らないアカをさがす、あなたの声が。
子供たちや、花や、動物や、生きとし生けるすべてのものに、愛を注いできた母さん。
生みの親に三歳で先立たれ、三人の継母に育てられた頃が、波乱万丈の人生の幕開けだったのですね。
そして戦後、大陸から引き揚げてきた混乱の中で、背負わされた知人の借財は、更なる苦労の引き金になりました。差し押さえられた家での、生き地獄のような赤貧生活。やせ細った体でリヤカーを引き、夜なべをして和裁の内職に身を削り、おかずを調達しようと海で貝掘りやワカメ拾い。その姿は、私の脳裏にしっかりと焼き付いています。
絶望の淵にいても、私たちのために、必死で生き長らえてくれた母さん、ただ感謝です。
地獄で、手を差しのべてくれた父さんの幼なじみは、きっと、必死に生きるあなたの姿に、心打たれたのでしょう。十年間も無償で援助を続けてくれましたよね。
母さんの口癖「受けた恩は、決して忘れたらいけん」という教えは、心に刻み込まれています。そして残された俳句ノートにも、他を思いやる言葉が、ぎっしりと詰め込まれていました。私はそれを読み返しては、いつも衿を正すのです。
そんな母さんの晩年は、さまざまな病との闘い。愛するアカとの楽しい生活も、ままならない理不尽さ。
でも、母さんの気がかりはいつも周囲のこと。大人になった私にも、貧しい暮らしを強いた昔を償うかのように、色々な物を送ってくれました。余命を告げられた年に届いた梨は、入院先から。有難くて切なくて、涙と共に食べました。一生忘れられない涙の味がしました。
私だけでなくアカにとっても、あなたは愛にあふれた母でした。
シューッ シューッ と、マスクを通して送られる酸素の音だけが響く病室で、とうとう旅立ってしまった母さん。
もう愚痴も聞いてもらえないし、おチョボ口で笑うあの可愛い笑顔にも、もう会えないのですね。「私が愚痴を聞いてあげるから」と慰めてくれる、優しい娘への言葉さえ、あふれる涙の中に吸い込まれていきました。努力する心や、愛情の意味、そして感謝する心、みんなみんな、母さんからもらった大切なものです。
母さん、あなたのアカは、五年間を頑張って、ひとりで生きましたよ。今ごろはまた、母さんの膝の上で丸まっていることでしょう。


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