「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

父への手紙

聞かせてよ、もう一度。あの時の歌を

大熊 幸夫(山形県寒河江市)60歳

あなたが亡くなったのは二年前の八月十九日、長年過ごした家で、家族の見守る中、安らかに眠るように、息を引き取りましたね。
前日の十八日が満九十三歳の誕生日だから、近くに住む多くの身内が大勢集まって、あなたの誕生日の前夜祭をすることになったのでした。
最近の食欲不振もあり、あなたと一緒の最後の会食になることを、誰もが言わずとも感じ、みんな、楽しいひとときを過ごすよう心がけました。
ベッドに横たわったあなたは、おいしいごちそうを前に、
「何も食べたくない。これまでみんなに、本当に世話になったな。みんな、仲良く暮らすんだよ。今、何も食べないけど、こうしてここからみんなを見ているよ」
と、ベッドの手すりの隙間から顔を覗かせていましたね。
そして、孫や曾孫など、集まった人の名前を時折呼びながら、そして、何かを思い出したように自分で頷きながら、はっきり目を開いてみんなを見据えていましたね。
集まったみんなが、昔の出来事を思い出しながら歓談していると、突然、あなたは、「小学校の時に習った歌を歌います」と言って、「春よ来い、早く来い」「雨雨ふれふれ母さんが」「夕焼け小焼けの赤とんぼ」と、次々と歌い始めましたね。
若い時から歌が大好きで、人前で軍歌や歌謡曲をよく歌っていましたが、考えてみると、ここ数年、あなたの歌声は聞いておりませんでした。
「みんなと一緒にいるのがわかるんだな。楽しいんだな。みんなと一緒で嬉しいんだな」と思いながら、最初はみんな驚いて聞いていましたが、やがて、みんな大合唱の渦です。そして最後は、歌詞も音程も正確な父の歌に、みんな大喝采の大拍手です。手が痛くなるほどの大拍手でした。わたしも、ひとりでに目頭が熱くなり、涙がボロボロ、曲の途中から歌えなくなってしまいました。
そして翌日。あなたは帰らぬ人になりました。家族に見守られながら、長い九十三歳の人生に幕を引きました。笑みを湛えた穏やかな死に顔でした。
「おやじ、ありがとう。長い間、ご苦労様でした。お疲れ様でした。昨日の歌、よかった。忘れないよ」
あなたはもういません。
あなたの声や歌声はもう聞けません。孫の持っているカセットテープから流れてくる童謡を聞くたびに、あの時のあなたの歌を思い出し、目を潤ませています。
懐かしいな。みんなに聞かせようと頑張って歌ったあの時の歌をもう一度聞きたいな。


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