「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

祖父への手紙

爺ちゃんの手紙

中山 英人(兵庫県神戸市)50歳

「中山君、すぐにお爺ちゃんの家に行きなさい!」
休み時間、友達と遊んでいた私に、担任のK先生が慌てた様子で告げに来た時、一体何事かと思ったよ。
小学校五年生の駆け足では、なかなか家に着かない。もどかしく思った。
居間に入ると、母や婆ちゃん、隣近所の人達が、静かに横たわっている爺ちゃんを囲んでいたね。
「ほら、大好きな英ちゃんが帰って来たよ。お爺さん、しっかりして!」
私は、爺ちゃんの横に座って、細い掌を両手で握り締めながら、「爺ちゃん、爺ちゃん」と呼びかけたよ。聞こえてたかな?
時間が経つにつれて、握っている爺ちゃんの掌が冷たくなって来た。それに比例するかのように、私の胸に、哀しみと切なさと、どうすることもできない無力感が広がったよ。
隣家のおばちゃんが、爺ちゃんの髭を剃り、身体を綺麗に拭いてくれた。頬のこけた顔が、いつものハンサムな顔に戻ってたね。
お葬式は、大勢の人が来てくれたね。家の中はもちろん、前の道にまで、爺ちゃんにお別れをしに来てくれていたね。
子ども心に、「爺ちゃんは、たくさんの人達に慕われていたんだな」と思ったよ。
爺ちゃんが天国に旅立って、どれくらい経った時だろう。母が、爺ちゃんから私への手紙を渡してくれた。
手紙といっても、食パンの包み紙に書いたものだったね。亡くなる二日前に、しんどい身体を起こして、書いてくれたんだってね。
そこには二宮尊徳を引用した、勉強への心構えが書いてあった。
その言い付けを守ってこれたかは、はなはだ疑問が残るけど、今でもその手紙は、私の手帳にあるよ。時折、破れないようにそっと取り出しては読んでいるよ。
爺ちゃんとお別れしてから、もう四十年近くになるね。私も、もう五十歳だよ。
爺ちゃんは私に、学校の先生になって欲しかったんだってね。
その期待に完全に応えられてるかは分からないけど、今は、高等学校の国語教師をしているよ。天国からは見えているよね。
あと十年で定年を迎えるけど、爺ちゃんみたいに、誰からも信頼され、尊敬される教師、人間になれるように、今一度襟を正して生きていこうと思ってる。いつか爺ちゃんと再会した時、あの穏やかで優しい顔で、「英、よくがんばったな」と褒めてもらうために。
婆ちゃんと、ゆっくり待っててね。


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