「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

妻への手紙

今は亡き妻へ

前田 勲さん(93歳) 山口県下関市

お母さん、どうしてる、元気かね。
君が急に旅立ち、もう三ヵ月にもなるよね。体の調子はどお。お茶や水は喉を通るかね。
病院からの報せで駆けつけたけど、君は既に旅立っていて、あまりのことに慟哭し、成す術がなかったよ。
君の今いるそこは、遠い遠い十万億土。極楽国土とは教えられているが、どうなの住み心地は。
君が急にいなくなって、毎日のように一人寂しく君との仲睦まじく過ごした六十七年のあれこれが走馬灯のように思い出され、自戒、後悔ばかりに明け暮れているよ。
平素「名前を呼んで」と、言う君が「愛おしく、可愛く」、とうとう一言も言いえず、お別れするまで「君」「お母さん」で終わったね。ご免ね。
いよいよ君を斎場に送る前、今生のお別れに顔、姿の見納めの際、子達から「お父さん、最後だからお母さんの名を呼んであげて」と奨められ、思わず大声上げて「ハツ子ありがとう」と言って、大勢の人前も憚らず泣き崩れ、持ってた君の好きなピンクの花一輪を手向けたよね。
平素ここに住いしていた際、「お父さんありがとう、感謝しているよ」と言った君の昔日が思い出されて、年甲斐もなく泣いてばかりいるよ。
君が旅立ち、居間に在った手箱から「何時までも変らぬ愛を戴いて幸せに思う老いし妻より」と記した小さなメモを見つけ、持った手が震え、大声上げて泣いたよ。ありがとう。
両親と、兵隊気分の抜け切らない頑固一徹な私との間に挟まれながら、愚痴、小言、一度として聞かせず、陰になり日向になって私を支え、社会的に男にしてくれた君。さぞかし苦衷、苦労のあったことだろうと思うと、胸が張り裂けるように思えて申し訳なく、断腸の思いがするよ。
「もう遅い、後悔先に立たず」の諺のように取り返しのつかない今、己の余生短いことを承知しながら、健康に留意し、来たる初盆、一周忌の法要、供養を真心もって、君への僅かな私の誠意を伝えたいと思っているよ。
君と二人で決めた「夫婦塚」の石碑も、君の示した場所に過日建立したよ。
君の残してくれた温かい思い遣りの「句」一句も石碑にして、永久に我が家の庭・夫婦塚の傍に建立する手筈も済ませたよ。
私も君の口癖だった「うち年じゃけぃ」のように、年老いた独居老人だけに「老人らしく慎ましやかに、人様に迷惑かけないよう謙虚に生きて、人の道をまっとうしたい」と念じているよ。
では、静かに成仏してね。お別れにも一度名前を呼ばせてね。
ハツ子、ありがとう。さようなら。


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