「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

祖父への手紙

思い出のイチゴ

中野 桐華さん(30歳) 東京都練馬区

いつの頃からだろう、スーパーで普通にイチゴを買えるようになったのは。
それまでは、色鮮やかなイチゴを店頭で見かけても素通りするしかなかった。
気付いてた? おじいちゃん。
申し訳ないっていう気持ちと、やっぱりおじいちゃんの作ったイチゴでなきゃっていう思いがあって、なかなか手が出せなかったんだよ。
おじいちゃん、亡くなる数年前にイチゴ作りはすでに止めていたんだってね。長い間大切に大切に育ててきたイチゴだけど、跡継ぎがいなくて止めるしかなかったんだよね。
どんなにか、無念だっただろうなって思う。私も、もうおじいちゃんの作ったイチゴが食べられなくなるって思ったら、すごく寂しくなったのを覚えている。
家で食べるイチゴは小さくて形のいびつなものがほとんどだったけど、瑞々しくて甘酸っぱい味は、うちの自慢でもあったよね。
時々近所の人が直接家に買いに来る姿を見ると、幼かった私は子どもながらに嬉しかった。出荷されるとお客さんの顔が分からないけれど、うちでは喜ぶお客さんの笑顔が直に見られたから。
子どものとき、イチゴパックのセロハン貼りや箱詰め作業を手伝うと、終わったあとにおじいちゃんが「ありがとう」って言って、必ず百円玉を握らせてくれたよね。嬉しかったけど、お駄賃目的だと思われてないかなってちょっと不安だった。
冬や春先の冷たい板張りの床に座布団を敷いて、ほのかな日差しの中おじいちゃんとおばあちゃんが並んでパック詰め作業をやっている姿が、私は大好きだったんだよ。時々気候のことや近所の人の話をしながら、手だけは休むことなく動いていた。
ずっとずっとその光景を見ていたくて、もっともっとお手伝いすればよかったなって、今でもそう思う。
今はイチゴもいろんな品種が増えたから、たまにおじいちゃんの作ってた品種を見かけると、嬉しくてつい買いたくなってしまうんだよ。
食べながら、思い出すのはいつもおじいちゃんのこと。
おじいちゃんとは昔から言葉を交わすことが少なかったけれど、私がアイスやチョコレートを食べていると、よくおじいちゃんが「きりちゃん、一口ちょうだい」って言ってきたよね。横でおばあちゃんに「これ、もう」って笑いながらたしなめられて。そんなおじいちゃんが子どもみたいで、なんだかおかしかった。
あのときは「私のおやつなのに……」ってちょっと不満だったけど、戦後の貧しい時代を生き抜いたおじいちゃんだから、きっとおやつも満足に食べられなかったんだよね。一口といわず、もっといっぱい食べていいよって言えばよかったな。
おじいちゃんの丸っこくて大きい手は、いつもせわしなく動いてたね。タバコを吸う手、ウイスキーのグラスをつかむ手、スクーターのハンドルを握る手……。
その手はおいしいイチゴを育て、私はそのイチゴを食べて育った。だからおじいちゃんの手に育てられたって言っていいかもしれない。
本当はおじいちゃんが生きているうちに、感謝の言葉をいっぱい伝えたかったのだけど……。
いつか生まれ変わったら、またおじいちゃんの孫でいられますように。
そのときはまた、おいしいイチゴをたくさん食べさせてね。


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