「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

家族へ・親戚への手紙

おっちゃんへ

KASUMIさん(37歳) 広島県東広島市

おっちゃん、天国でおばさんと仲良くしていますか? 向こうで会えてよかったね。
私は、おっちゃんが死んでしまって初めて、会いたくても会えない人がいることを知ってしまいました。生きている時だって、何年かに一度しか会うことがなかったのに、おっちゃんは私の心の支えでした。
父が死んでしまった十三歳のあの日、おっちゃんは私に言いました。
「かすみ、お父さんは弱いから死んでしまったけど、お前は生きろよ。どんなつらいことがあっても、生きていたら必ず、いいことがある。だから生きろよ、いいか」
あの腹立たしいほどに青い空。昇っていく白い煙。それまで、飼っているオウムのうるさすぎる鳴き声とか山で見かけたタヌキだとか、そんなたわいもない話ばかりしていたのに、おっちゃんは急に真顔になって、それだけ言ったら、さっさと歩いて行ってしまった。

この平和な時代に生まれて、「生きろ」と言われたのは、初めてでした。どんな先生も、どんな大人もそんなこと言った人はいませんでした。その一言は、笑ってしまうほどに衝撃的で、一発で私の心に焼きついたのでした。
その日、たくさんの人が私に慰めの言葉をかけてくれ、優しく頭をなでてくれたりしました。
けれども心に響いたのは、おっちゃんの一言だけでした。
なぜでしょうか。みんな私を心配してくれていたのに。
理由はわからなかったけれど、なぜかとても嬉しくて、おっちゃんの「生きろ」は、いつからか、私の支えとなり、明かりとなりました。
泣きたい時も、怒りたい時も。どうしたらいいかわからなくなった時も。死んでしまいたくなった時も。どんな時も、おっちゃんの笑顔と、声と、がっちりした背中が思い出されて、生きろ、と耳元で聞こえると、どんな時も笑えてしまって。それで、生きてこられた気がするのです。
人から見たら、災害にあったわけでも、戦争に巻き込まれたわけでもない私の悲しみや悩みは、ちっぽけで、とるに足りないものだったかもしれません。
けれど、ちっぽけな世界に生きる私には、そのちっぽけな問題こそがサバイバルだったと思えるのです。そうやって、みんな苦しい自分と戦って来ているんじゃないかな。
そうやって成長して今の私が、相変わらずちっぽけだけれど、生きているのだと思えるのです。
ありがとう。
おっちゃんに、大きな声で言えなかった。あの時も、あの後も。最後の時も。
おっちゃんには伝わっていたかな? 伝わらなかったかな?
おっちゃんが大好きだったよ。
ちゃんとありがとうも言いたくて、七時間電車に乗って会いに行ったけれど、ただただ痩せた腕を握って、泣くことしかできなかった。
ありがとう。
今でも時々、心の中で呟くんだ。会いたくても会えないけど、心の中で生き続けることって本当にあるんだってこともわかったから。
おっちゃんのいない世界は、ちょっとさみしいけれど、おっちゃんが私に大事なことを教えてくれたように、私も誰かに大事なことを伝えられる大人になってから、そっちに行くから。
そしたらまた、うるさすぎるオウムの話とか、たわいない話をして、それからちゃんと、ありがとねって言いたいと思います。
だから、またね。


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