「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

妻への手紙

いつもありがとう、元気でガンバルよ

房宗 治さん(69歳) 東京都江東区

いつも元気で健気だった君が心臓麻痺で急死した六年前、布団の、そしてお棺のなかの君に、何度「おい、起きろよ」と叫んだことだろう。

結婚して四十年、いつも一生懸命の君が大好きだった。だから、すでに子どもたちが自立して一人住まいになった六十三歳の私は、本当に辛くて寂しくて、気持ちを明るくするため部屋中の灯りを点けたりしたがどうにもならず、遺影を見ながら、早く君のところへ行きたいと思った。 三年ほどたったとき、ふと、「寂しい」と言い続け、ショゲてる自分を君が喜ぶだろうかと考えたとき、「ヨシッ、前向きに生きて、明るくなるよ」と写真の君に約束した。 そして、「六十代でフルマラソンを走れるようになる」との目標を立てた。

最初は一キロも走れなかったが、恥も外聞も気にせずジョギング大会などに参加、何度もビリになりながら距離を伸ばし、四年後の六十七歳のときには東京マラソンやホノルルマラソンに参加し、時間は遅いが走りきることが出来るようになった。でも、そこで君の知っている自分の悪いクセがでた。調子にのり、健康に自信を持ちすぎ酒を飲み過ぎたのだろう。六十八歳のとき脳梗塞になってしまった。右半身麻痺となり身体が動かない。「こんな身体で生きていても仕方ない、死んだ方がましだ」「君のところへ行けたら」と何度思ったことだろう。

でも写真の君は微笑み、「もっと大変な人はたくさんいるのよ」と言っている。僕は「あせらず、くさらず、あきらめず」との言葉をやっと自分に言い聞かせるようになり、再発・死亡の危機と言われる一年目を無事すぎ、いまリハビリに取り組む毎日を過ごしているよ。 いまは写真の君と、「元気で健やか、いつも一生懸命」の君の姿が一体となり、励ましてくれている。リハビリは自分の弱い心との戦い。だから、こんなに頑張ったのだから長生きしたいと初めて思うようになった。悪いけど、君のところへはウンと遅く行こうと思っている。

来年は七回忌になるね。三回忌のように多くの人は呼べないが、子どもたちと君のことをゆっくり語り合うつもりだ。 いつまでも心配してくれ、応援してくれて、本当にありがとう。


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