「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

友への手紙

アマゾンの風になって

井川 一太郎さん(74歳) 東京都江戸川区

Nよ、君が癌のためにこの世を去ってからもう半年になるが、おれはまだそのことが信じられないでいる。眼を閉じれば、アマゾン川上流のジャングルの中のあの広い農園で、いまも君が汗を流して働いている姿がはっきりと見えるんだもの・・・。

思えば、今年は君が移民船で横浜港を出てブラジルへ移住してからちょうど五十年めだぜ。きみは十九で大学を中退し、藤沢のエリザベスサンダーズホームの戦災孤児たちの将来のために、アマゾンに農園を造るプロジェクトに参加して海を渡ったのだった。

それから君は、何度も泣きたいどころか死にたいほど辛い目に遭ったんだよな?言葉は通じないし、いきなりマラリアには罹るし、ジャングルの巨木には圧倒されるし、それに、肝心のエリザベスサンダーズホーム計画が途中で消滅してしまうし・・・。おれなら多分、その時点でギブアップして日本へ帰るか、自殺していただろうな。けど、生まれつきのカッペと自称するだけあって、きみは強かったぜ。あの頃おれたちが属していた学移連(日本学生海外移住連盟)の指導者だった杉野先生の教えの『ゴリラのように逞しく、神の如き愛と英知に満ちた人たれ』を、きみは前半だけでも忠実に守り通したと言える。

おれが君の農園を訪ねたのは四年目だったが、まだ君は鍬と鋸と斧だけでジャングルと格闘していたな。そして、その晩、アマゾン川を遡行するポロロッカ(大海嘯)を二人で眺めたことがいまも忘れられない。五百キロメートル下流の河口から押し寄せた海水が高さ五メートルの壁のような波になって、時速六十五キロメートルでゴーーーとすさまじい音を立てて大アマゾンを駆け上がったな。その雄大な光景は日本からはるばるアマゾンへ堂々と乗り込んだ開拓者Nの姿そのものだったよ。

実は来月、横浜で学移連の五十周年OB会があり、全国から三十以上の大学から海外移住研究会のOBが集まるが、その席で、きみのお墓参りのためのアマゾンツアーの相談をすることになった。まだ時期は未定だが、できればポロロッカが見られる満月の日に、多分昔なじみが十人ほど伺うよ。

Nよ、どうか再会のその日まで、天国へ行くのは待ってくれ。あのなつかしいアマゾンを吹きわたる爽やかな風になって、おれたちを迎えてほしいのだよ。


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