「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

友への手紙

息子の命の何倍も生きて下さい

野呂 富三さん(76歳) 埼玉県入間郡

三上周蔵君、あなたのことは今も忘れてはいません。なぜなら君が亡くなった日は、三月の卒業式の翌日だったから。だから毎年の卒業シーズンになると君のことを思い出します。

あの日、卒業式で別れたばかりの学友のG君が私の家に突然来宅してきて、「三上君が心臓病で亡くなった」と青い顔で報せにきました。その時の驚きは天地がひっくり返ったほどでした。だって卒業式の後、皆で懇親会で人一倍楽しんでいた君じゃないか。柔道三段の頑丈な君の身体が、まさか病魔で斃れるとはとても信じられなかったのです。

聴いていますか、三上君。私達は昭和三十二年に、青森県立黒石高校定時制を四十四人の学友とともに卒業しましたね。昼は働きながら夜は学校に四年間通いました。入学したころは百人近い生徒がいましたが、卒業までには半数近い人が退学しました。昼間の仕事の疲れが残ってお互い、眠い目をこすって我慢し、雨の日も雪の降る日も四年間、共に耐えて通い続けましたね。それなのに君は、私の声が届かない世界に行ってしまいました。

覚えていますか、三上君。私は君より二つ年上。それでいながら気弱い私のことをいろいろと気遣ってくれたね。ある日の授業終了後、クラブ活動で遅くなって帰りは君と一緒になりました。生徒会長の君が雑用で遅くなったと言い、私達はいつものように人生や恋愛など話し合っているときです。夜中の十一時頃、街の明かりが消え帰り道を急ぐ私たちの前に突然、三人の不良が立ちはだかったのです。「おい、金を出せ!」と脅してきました。だが君はそれに屈せず、殴ってくる相手の男の手を払い抱きつくや、柔道技の払い腰で投げ飛ばしたのです。でも、そんな勇気のある君は、もういません。

知っていますか、三上君。葬儀の日、私は皆を代表して弔辞を述べました。夢と希望を抱きながら、中学三年のときに亡くなった大工の父の跡を継ぐのだと言っていた矢先、老いた母のために頑張るのだと言っていた区切りの卒業を迎えたのに、まさか十九歳で命を絶たれようとは、君自身もどんなに無念だったことか。帰り際、君の母に言われました。「今日はありがとう。あなたもこれから元気で生きて下さい。息子の分の何倍も生きて下さい」と頭を深々と下げられた。

あの日から私は今日まで、友の亡くなった歳の四倍となる七十六歳を迎えることができました。さらば友よ、また逢う日まで。


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