「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

妻への手紙

素敵だった君へのありがとう

岩本 政男さん(52歳) 岡山県岡山市

文ちゃんへ、5回目の春のお彼岸の日に、この手紙を書くことに何か意味あるモノを感じているんだ。
今、「文ちゃんを送る会」の前後の時期の資料をまとめた、
黒表紙の2冊のファイルを読み返していた。君と初めて出会った日からこの世での別れの日まで、25年のうちの20年と11ヶ月の人並み以上の幸せな結婚生活を、僕は君によって送らせて貰えたんだと、あらためて感じた。
その会に出席してくれた人や、さまざまな事情で出席出来なかった人からのメッセージを読み返して、いかに君が素敵な人であり、僕のことを思ってくれていたかが、お世辞を割り引いても有り余るエピソードで綴られていた。
5年経った今日もまた、幸せな気分にさせられたよ。
  
余命5ヶ月の死刑宣告を医師から告げられた、忘れもしないあの日からの例えようもない日々。
その終焉となったあの台風間近のその日、君の待つ病院へ向かう電車や、飛行機や車の車窓に写る自分の影。
とうとうその時を迎えなければならなかった、逃げ場のないベッド脇。君のこの世の最後に、僕と一緒に、立ち会ってくれる君の愛する家族。君の苦しそうな息づかいと、最後の「かっ」という絶命の瞬間。
そして、その時、君は安らかに天に召されたんだね。
僕をこの世に残して。
でも、本当に良かったと思ったんだ。
君が楽になれて。

それから、君を実家に連れて帰った。
最後の闘病生活をした故郷青森の実家のある町で葬儀を行った。
お骨となって700キロメートル余りを僕と旅して横浜の自宅に帰った。
なんの世間的な評価もない、市井の人である君にも関わらず、東京で知り合った多くの友人・知人に集まってもらって「文ちゃんを送る会」を開かせてもらえた。そして、またも700キロメートル余りを僕と旅して今度は、「長男の嫁だから」と生前元気なときに自分の母親に言った通りに、僕の祖父母と供に僕の生まれ故郷に葬られ、5年前から先に眠っている。

あれから5年。君の知らない僕の濃厚すぎる人生があるんだ。
君の居なくなったこの世に何の希望もなく、打ち拉がれた日も何度か訪れた。
今は、それらもすべて想い出だ。
君との想い出を胸の奥に大事にしまって生きることが出来るよ。
なぜなら、「君が素敵な人だったからさ。ありがとう。文ちゃん。」
照れ臭くて君がこの世にある時には言えなかった、言葉がやっと言えたよ。

【受賞後のお便りより】

この受賞を知った日(サイトで発表された日)4月15日は、なんと偶然にも、亡き妻との26回目の結婚記念日でした。

記念写真最初の写真は、岡山での私たち二人の結婚式の前日、26年前の1984年4月14日、岡山の鳥城公園で義弟の写してくれた一枚です。
その日は、結婚式の前日で、青森から迎えた妻の両親と義理となる伯父叔母、それに東京から兄弟を代表して来てくれた義弟の会わせて10人で、岡山の後楽園にお花見に行きました。
その年の桜は、全国的に遅咲きだったのを覚えています。
翌日のささやかな結婚披露宴で、青森の伯父さんの祝賀スピーチで言った「後楽園のサグラもイガッダダドモ、ナンモ、弘前公園のサグラバ日本一ダッキャ」「そのサグラ、来年は見に来てケジャ」と、津軽弁での一言も、忘れられません。

その後、21年目にしてやっと実現した弘前公園の花見の写真が次の一枚です。
自宅マンションのある横浜から療養のため、青森の実家に羽田経由で連れて帰りました。
羽田のターミナルでは、一番端のゲートであるため、車イスを借りて押しました。
実家に着いた4日前のその日から、妻は病床で臥せっていました。
この日、2005年5月2日は、体調が良くなったので、弘前公園に義弟と中学生の甥と4人で、妻の運動を兼ねて花見に行きました。
その時に、この写真を甥が写してくれました。夫婦二人っきりで撮った写真の最後の一枚となりました。
ちなみに遺影はこの写真をトリミングして使いました。

最後の写真は、妻に教えて貰ったイタ飯風のミネストローネ、生ハムのサラダ、トマトとモッツァレラのブルスケッタを作ったときの一枚です。
今、大切にしている家族の出産祝いと、この銀賞の受賞祝いを合わせて、今年のゴールデンウイークに米子でささやかな食事会をしたときのものです。
この家族は、妻が亡くなった事で知り合いました。
妻が亡くなって6年目が来ようとしています。あれからいろんな事が身におきました。
でもこうやって生かされています。

なんだか、この受賞は、天国の妻からのプレゼントのような気がします。
そして、彼女が発したエールのように感じています。
おかげさまで、これからも淡々と真摯に生きて行こうと思っています。
我妻と御社に感謝いたします。


追伸、
今回の受賞は、同じく銀賞を受賞された杉本宣昭氏からコンテストのあることを教えられ、応募したことによるものです。
氏に感謝すると同時に、以下の事を同じ境遇の人たちにもお知らせできればと思います。
それは、比較的に若くして愛する伴侶を亡くされた方の心の拠り所として、氏が代表世話人をつとめる「グッドグリーフ・ネットワーク」(省略 GGN)という経験者だけの集まるサポートボランティアグループがあるという事です。
最愛の伴侶を亡くし、間もない方や一連の諸行事を終えられ、我に返った頃の言いようのない喪失感や罪悪感は、同じ経験をした者同士でなければ、理解できないように思います。
もっと端的に言えば、同じような経験をした者の言葉や態度でなければ、何を言っても受け入れる事ができないのです。「どうせ、あたなには○○さんがいるでしょ」となるのです。

このグループに参加できて、私自身本当に良かったこと、この賞を頂いて、この度も実感しました。
そして、遠く離れた岡山の地にいながらもネットを通じて、5年経った今でも、このグループに関わることで、学ばされております。
是非、今回の御社のこの企画にその事を載せていただき、同じ境遇で孤立している方へのメッセージ発信の場が持てればと考える次第です。
何かお知恵があれば教えてください。
参考までにGGNのURLを記しておきますので、一度覗いてみてやってください。
ちなみに私は、この中の掲示板でmasaという投稿名で私情を吐き出させていただいております。
http://gg-n.org


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