「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

母への手紙

春雪の日

中野 憲治さん(53歳) 京都府向日市

あの日、雪が舞っていました。春が浅い春雪でした。僕は独居房で、かあさん、貴方の死を知らされたのです。地面の粉雪を風がさらう様子を、僕はただ、黙ってじっと耐えるように眺めていました。
たった一人の息子が違法な車の運転で死亡事故を起した事実を抱え、貴方は自身の余命を宣告されたのですね。

妻と一緒に面会に来てくれた時、「胸に影があるらしくて入院するの、お義母さん」と妻が言うと、「検査入院よ、検査入院」と二回繰り返しましたね。塀の中に居る僕に心配させまいと気遣う貴方。僕は笑顔で「そうか、検査入院か」と安心させて見せるのが精一杯だったのです。
ひとり息子の僕が最後の支えだったはずなのに……。そう思うと僕は今ここにいるという事実を悔やまずにいられなかった。自業自得だという心の声に、僕は口惜し泣きをしました。
僕が起こしてしまった事故で貴方はきっと自分自身を責めたのだと僕は思うのです。被害者のご遺族に対しての深いお詫びと共に、僕の育て方を間違えたと自分を責めたのではありませんか。僕の罪をまるで自分の罪であるかのように。
あの日から僕は来る日も来る日も掌を合わせました。「許して下さい、助けて下さい」。そう言って祈りました。罪を詫びることで貴方が助かるような気がしたのです。
そして季節は駆け足で僕の前を通り過ぎました。蒸し風呂の汗が滴る雑居房の夏。木枯しが吹く秋空の雲と地面とが狭くなる夕立の雨。吐く息は白く背中を丸める独居房の冬が訪れた頃、貴方の癌が足に転移して骨が折れたと妻からの手紙。僕と同じように自由を失った貴方を思った時、妻の細い文字が涙で銀色に歪みました。そして訃報。
それから半年後、僕は社会に戻ったけれど、今度は妻が貴方のあとを追うようにやはり癌でこの世を去ったのです。桜が咲くのを心待ちにして……
僕は今肝硬変で余命四年と告知され、三年が過ぎました。でも余命の宣告は僕の気持ちをきれいに整理させてくれたのです。残された時間を本当に大切に生きています。誰でも幸せである時はその幸せに気付かないもの。こうなってやっと分かったのです。かあさん、貴方がくれた命の重さと僕が奪った命の尊さが……
僕という命をこの世に産んでくれて本当にありがとう。
空を舞う雪を見ると、僕は必ず貴方を想い空を見上げるのです。貴方の面影を探して……。


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