「今は亡きあの人へ伝えたい言葉」作品集

母への手紙

お母さんは世界一

トコチャンさん(74歳) 埼玉県熊谷市

あの時、まさか母がそんな思いまでして入院中の私のために付き添ってくれていたとは、全く気づかない私でした。
四十数年も前の遠い昔の出来事ですが、今は亡き母の遺影に向かう度、心が締めつけられます。
「お母さん! ごめんなさい! そしてありがとう!」
せめて生きている間に、素直に気持ちを伝えたかったと悔やまれてなりません。
私は二十代後半の頃、都内のある大学病院で開腹手術を受け、療養生活を送っていました。当時は今のように完全看護ではなく、術後の患者には家政婦さんや家族が付き添うのが常でした。
あの時、お母さんはもう還暦を過ぎていたね。しかも慣れない東京の大きな病院での付き添いは大変だったでしょう!
ある日、母が「大分良くなってきたから家に帰って、明日からは毎日通ってくるよ」と言い、以来片道一時間半もかけて母の通院が始まりました。
いいえ、私がかってにそう思っていたのです。
毎朝八時頃、「おはよう!」と笑顔で元気に入って来る母。何の疑いも持たず、私は母に甘えていました。
ところが……。退院して何年も経ったある日、友人から聞かされた驚くべき真実に、私は愕然とし、しばらくの間言葉を失いました。
実は、あの時母は家から通院していたのではなく、交通費などの経済的なこともあって、病院の霊安室の前、誰でも一晩中いられるスペースを利用して仮眠し、朝早くにそこから私のところへ来ていたとのこと。友人から聞くまで、全く知らなかったのです。
友人曰く、「貴方のお母さんはそういう人よ。本当に素晴らしい!」と。
真相を知ってから、母への感謝と申し訳ない気持ちで一杯になり、何度か「あの時は何も知らずごめんなさい。そして本当にありがとう!」と言いたかったのに、あまりにもつらい過去を思い出したくなくて何も言えませんでした。
以来、私は心に固く誓いました。「お母さん約束するよ。もし最期の時が来たら、お母さんは病院の霊安室でなく、家の中で私が一緒にいるからね」と。
そして約束どおり、平成十二年十一月、狭いながらも自宅から天国へ送り出せたことが母に対するせめてもの償いと思っています。
お母さん! 大変だったねぇ。何も知らなくてごめんね。ありがとう! お母さんは日本一! いえ世界一! 私の自慢の母です。


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